the incarnation of world
朱眼鮮血

最終章 終わりと始まり 第一楽章 バケモノと魔








 ぴちょり。ぴちょりと雫が垂れる音がする。壁に白い陶器の洗面器と縦長の鏡、銀色の蛇口が三つ。部屋の脇に円形に並べ造られた白い陶器の洗面器と縦長の鏡、銀色の蛇口が六つ。(しっか)り閉められていなかったのだろう。水音が聞こえる。下には小さな正方形のタイルが形良く並べられている。緑の板で遮られた個室が五つ。実は―――女子トイレに居る訳である。

「先生、こんな処に入り口があるなんて作成者は変態ですか?」

 ハリーは円形放射状に配置された洗面器を足で蹴ったり、小突いたりしているシンジに()いた。

「さあね。趣味が善いとは云えないけど」

 シンジは答え(ながら今度は手の甲でこつこつと叩いていった。

 ここは蛇を封じていた場所へ通じる路の開始点。シンジが云うには蛇は管を通って校内を移動して、住処はそこだと云う。

 ハリーの肩にはリンが乗って居る。リンは―――あ、欠伸した。『殺試合』を前にして緊張感がなさすぎである。

「シンジさん、本当に(これ持ってくんですか?」

「邪魔ですよね。どちらかと云うと」 

 ロンとハーマイオニーは腰を下ろして何となく、ぺちぺちと男を叩いている。猿轡をされている。と云うよりシンジがした。闇の魔術に対する防衛術の担当教師ギルデロイ・ロックハートである。

 シンジは拉致し、彼を此処に紐で縛り引っ張って来たのだ。そして魔法使いの武器たる杖を二つに折って一つは取り上げた。片方残したのは、杖の基本能力の魔力増幅による簡易障壁の展開は出来るようにしていたのである。

「一応、盾ぐらいにはなるよ」

 シンジのその言葉にロックハートは唸っていた。気絶しているのではなく、起きているのにハーマイオニーとロンに叩かれている訳だ。二人にしては猫が玉を転がすのと同じ様なものである。

「けどシンジさん、どうしてそう思ったんです?」

 ハーマイオニーは叩くのを止め、小首を可愛らしく傾げた。今まで抵抗できない者を叩いていたとは思えない表情だ。

「それは授業中、五月蠅いから尊い殉職者として処理しよう、と思っている訳じゃない」

 シンジは腕を組み乍らそんなことを云った。

『―――』

 三人を静寂が包む。ぴちょり。ぴちょりと聞こえる水音と「う〜う〜」と唸る声のみが場を満たした。

『ああ、それって善いかも』

 『外れ』ている。と云うよりもどこか間違っているだろう。この四人は。―――極悪だ。

「まぁ、死ななかったらどっかに跳ばすけどね」

 やっぱり悪だ。邪魔モノを排除するのに容赦がない。けれど、善悪とは社会が成り立つ上で自然と創られた倫理であって、その行為は基準によっては悪ではないのかもしれないが。

「けど引っ張ってくのめんどい。此処からは歩いて貰おうか」

 シンジはロックハートの横に腰掛けると紐を指でチョキンと切った。
 解放されたと同時に逃げだそうとするロックハートの両肩を掴まえ、押さえた。

「ねぇ、盾ぐらいはやってくれるよね」




 ビクッ×1



 ビククッ×2




 少年少女三人はシンジの後ろ姿に肩が小刻みに震えた。ちなみにリンは肩に座り乍ら半分寝ている様だ。

 ロックハートはシンジを真正面から見てしまったために白目をむいてしまった。

「あれ?」

 シンジは首を傾げた。

「お〜ぃ。寝てると小指を切り落とすよ」

 何気に物騒である。それを素でやってしまうから恐ろしい。




 チョキン

 チョキン




 シンジは猿轡を切り、  を切り落とした。

「ァァァッ」

 ロックハートは飛び起き、片手を押さえて(うずくまった。血が、辺りを染め上げた。

「どうしたの?ほらっ」

 シンジは無理矢理、押さえられていた手をロックハートの眼前に(かざした。

 そこには―――指があった。

「いきなり寝たり起きたり騒がしい、確り盾をしろ」

 シンジを前にしてロックハートは首を縦に勢い良く振った。そしたら、静かになった。

「じゃあ、扉を開くか」

 シンジは振り返った。

『そう(ね)だね』

 シンジの奇術、凶行、冗談に対しても三人は動じない。こんなのが『日常』となるからシンジの弟子は『外れ』るのである。

 シンジは再び円形放射状洗面器の前に立った。

「何か鍵があると思うんだけど―――壊すか」

「衝撃とかで学校壊れないですか」

「ハーマイオニーが直してくれるから」

「これから始まるのに無駄な消費ですか」

「手加減するから」

「手加減ありで僕は死にそうになったことが何度あるか」

「―――」

 シンジとハリーの間に困ったなと云う雰囲気が漂う。

「クスッ」

 あ、ロックハートがロンの背を前にして後退(あとずさりした。

「こんなこともあろうかと!こんなこともあろうかと!!こんなこともあろうかと!!!」

「―――ロンが壊れた」

 ハーマイオニーは何気に酷いことを云った。モノを造る人にとって夢の『言葉』なのに。

「『Yユニット』を造っていました」

「名前に捻りがないわね、『Yユニット』って『ナデシコ』のでしょ」

「そう!魔法箒『撫子』に刻んだグラビディ・ブラストを放つための刻印は別称『相転移呪刻』なんだ。この小さな『ミスリル』で破壊力抜群。衝撃波なし。任意の範囲で良し。綺麗に消してくれる。―――素敵なアクセサリーさ」

 煌煌(きらきらとした表情のロンの手元には白銀の十字架の首飾り。
 相転移したとき発生する熱量さえ処理できると云う優れ物である。近くで使っても安全だ。

「ハリーとシンジさん、少し退いて」

 その言葉に二人は距離をとった。

「ポイッと」

 ロンから投げられた十字架は洗面器の鏡に(あた)り、突き刺さった。

 ロンは『言霊』を紡ぐ。




 キイイィィン




 音と共に洗面器は(くらいモノに包まれ、音が止むと其処には何も、無かった。否。一つだけ小さな十字架が浮いていた。ロンは歩み寄ると其れを手に取った。

「うん。当然の結果だね。じゃあハリー、行こっか。ロックハートさんもさっさと行こ」

「そだね」

 ハリーは応えるとロックハートの後ろについて、身長の関係から見下された。

「いくよ」

「な、何をす―――」




 蹴




 言葉途中でハリーに蹴られ、ポーンと洗面器が在った処にある穴に落ちていった。

「では先生、行って来ます」

 続いてハリーが飛び降りた。

「何をするか解りませんが、そっちも気を付けて」

 ロンの言葉にシンジは片手を上げ、ハーマイオニーはロンの下に駆け寄った。

「待って、ロン」

「何?」

「それ頂戴」

 ハーマイオニーが指指さしたのは十字架が握られている右手。

「―――ん。いいよ。ほらっ」

「普通のアクセサリーじゃなくて、何か憑いてる物が欲しかったの」

「作品名は『狂歌』だよ」

「ありがとう」

 ハーマイオニーは眼を細めた。

「じゃあ」

 ロンはそう云うと、トンッと飛び降りた。―――蛇を殺すために。























 樹々が鬱蒼(うっそうと茂り、木漏れ日を阻み、昼なのに(くらい。
 獣と『魔』の鳴き声は聞こえず、二人の(あしおとのみが聞こえる。

 シンジとハーマイオニーは女子トイレを後にして、『禁じられた森』を歩いていた。

「シンジさん、此処に何が在るんですか?」

 ハーマイオニーは前を歩くシンジに尋いた。

「―――クィレルに憑いてた奴」

「それって」

「んー。憶測の域を出ないんだけど、ヴォルデモートだと思うよ」

「ハリーの仇敵」

 ハリーの両親はヴォォルデモートに沢山殺された魔法使いのうちの二人である。

「うん。ちなみに僕の憎謝敵」

「訳解らない言葉ですよ」

「そのままだよ。憎いけど感謝している敵さ」

「曖昧ですね」

「そだね。彼がいないと君たちに会えなかったし、彼の所為でハリーが『縛ら』れたから」

「なぜヴォォルデモートは現れるんですか?」

「『森』に散っていた存在が刻が経って像を結ぶんだ。それぐらいは識れるからね。目的はハリーだと思うけど、育ての親の僕も対象になると思う」

 ヴォォルデモートがハリーを狙うのは敗れた者の復讐又は原因解明。シンジを狙うのは縁者の排除だろうか。

「いえ。その前に死んだはずなのに、なぜ存在するんですか?」

「それはね。彼のポテンシャルと技術。死んだ場所に残った記憶と留まった三魂によって存在が残ったんだと思う。調べてみないと詳しく解らないけどね」

「要するに粘菌みたいにしつこい人ってことですね」

「そうだね」

 二人の歩は進む。























 シンジとハーマイオニーの前方に解らない生きモノがいる。山羊の角が生えている犬みたいモノと蟹の鋏の様なのを持つ象より大きなモノ、蛇に羽が生えて両足が生えて立っているバカデカいモノ。

「シンジさん、此って?」

「んー。この『世界』に居るはずのない種だね。系統が似ているモノはいるけど、神話上の生きモノだよ」

 シンジは首を傾げた。

「どうしたんでしょう?」

 ハーマイオニーは小首を傾げ、人差し指を唇に添えた。

「さあ?でも『結界』を張っているから素通りできるけどね」

 シンジは『結界』を張っており、認識されない様にしているのだ。

「ハーマイオニー」

 シンジが振り向いた。

「はい?」

「この『魔』等が学校に行ったら大変だから、戻って防衛役を任せたいんだけど―――」

「クスッ、勿論善いですよ。そんな曖昧な頼み方しなくてもいいじゃないですか」

 ハーマイオニーは眼を細め、口許を綻ばした。

「―――ありがと」

「じゃあ私は戻りますね。御留守番です」

「任したよ」

「では」

 ハーマイオニーはそう云うと、杖を一振りしてその姿が消えた。




 ―――これで、一人になれた。もう一つの憶測が正しいのなら。























 シンジの足下は乾いており、土に(ひび割れが見れ、草が枯れている。蒼々しく茂る筈の樹々も葉の色が褪せ、弱々しい。

 そして昼なのに、(くらい。居る筈のない生きモノに囲まれて、(うっすらと白い影が在った。

 シンジは『結界』をといた。『在らざるモノ』たちの視線が集まり、影は幽かに揺れた。

「ヴォルデモートだよね」

 シンジの言葉に曖昧だった像が姿を結び、人の形を表した。

「貴様の事はクィレルから僅かに知ってる。ハリー・ポッターの保護者―――碇シンジ」

 影の表情は解らない。

「へぇ、やっぱり君が憑いてた人か。依代が無くなって、こんな『魔』をどうやって集めたんだい?」

 シンジの眼は細められていた。

「私も貴様には興味がある。突如現れた『外れ』たモノよ」

「そう?『探求心』が強いね。学問をする者にとって何より大切なものだよ。じゃあ情報交換をしようか。コイツラはどうした」

 シンジは腕を組み、視線を異形のモノたちに這わした。

「『高位異世界』より導き、私に従わせた新たなる依代だ」

「ほぅ、すごいね。『異世界』の『神代の時代』より召すなんて、否。又は『阿頼耶(あらや)の怪物』かな」




 『阿頼耶』とは『阿頼耶識』で『唯識瑜伽行(ゆかぎょう派』で説く人を顕す『八識』の第8識。

 『八識』とは耳鼻眼舌身意、未那(まな識、阿頼耶識。

 耳鼻眼舌身意は聴覚、嗅覚、視覚、味覚、触覚、意識はそれぞれ第1識、第2識、第3識、第4識、第5識、第6識である。
 未那識とは無意識に似て非なるモノ。

 阿頼耶識とは集合的無意識に似て非なるモノである。

 『唯識』とは『般若経』で云う『(から)の理論』に基づいたもので、只心が在り、其れを取り巻く事象は存在しないと云う考え方。『唯心論』は只心在り。『唯識論』は心も否定。在るのは心でなく『識』。




 まず『識』について説明しよう。『識』は認識の識で、これは認識するものとされるものの境界みたいなものである。

 普通は外に事象が在って内が其れを認識するのだが、仏教には外の事象は(すべて内側、つまり、心の動きの現れに過ぎないと云う考え。これが『唯心』。次にその心自体も空であると考える。内外共になくなって、『識』だけが取り敢えず残る。否。残る筈だ。これが『唯識』。

 認識対象は認識する自識の中にあるのだと云う考え方。この場合、『識』には認識するものとされるものの契機(きっかけが両方存在するのだ。

 よく、『識っている』と云う表現を使うが、つまりこういう事なのである。




 仮令(たとえば『空』を窓も扉もない部屋として、心を其の中に居る人、外と中の境界を其の部屋にあるテレビとする。『唯心』では人がテレビを見ていて外の出来事を観ること。『唯識』では人が居なくてテレビだけが淡々と流れていることになる。ちなみにテレビで流れていることはビデオに録画され、自動に棚に整理されて、記録として残るのだ。

 これが『唯心』で知ったならば、中に居る人が自分で整理したことになるのだ。




 続いて『阿頼耶識』とは人間存在の根底をなす意識の流れ。経験を蓄積して個性を形成し、又凡ての心的活動の拠り処となるものだ。

 つまり、最上位システム『世界』の『菴摩羅(あんまら識』。其の下位システム『霊長類』の『阿頼耶識』である。『菴摩羅識』は『修正力』等を稼働させ、『阿頼耶識』は『抑止力』等の起動である。

 世界を成り立たせている下位システムとして、太陽系の『ソーラー』、地球の『ガ イア』、月の『ルナ』、火星の『マルス』、霊長類の『阿頼耶識』などが存在してい る。それはそれぞれの存在が『かくあるべき』ことを表す『存在意義』のようなもの である。そしてこれらを統合したものとして、『世界』という統合上位システムが成 立しているのだ。




  わかりやすく例えるなら、世界とはパソコンのOSであり、ソーラーやマルスはそ の上で動くいろいろなアプリケーションプログラムである。そして『抑止力』とは、 それらの各プログラムがパソコンのリソース……別々のプログラムが同時に同じファ イルに対して書き込みをしようとしたり、1つしかないCDに対して同時に読み出し を掛けたりしないように調整をする管理プログラムである。
 そして『世界の管理者』は、そのパソコンのオペレーターである。




 そして『阿頼耶識』の『システム』の一つに『人間の想念』の収斂(しゅうれん化があり、根底に溜まった『恐怖』『怒り』『悲しみ』等の意識が像を成し、この『世界』の『低い次元』に顕すのである。

 これが―――『阿頼耶の怪物』。




 ヴォルデモートは『異世界』の『阿頼耶の怪物』を召したと云うことだ。

「貴様は何だ」

「曖昧すぎだよ」

「貴様には情報が無さ過ぎる。なぜハリーに関わった」

「似ていたからかな。碇シンジと『碇シンジ』に」

「同情か」

 シンジは肩を竦めた。

「そんな愁傷なものじゃないよ。『目的』として勝手に決めたんだ。じゃあ最後に、コイツラをどうするんだ」

 シンジは異形を見渡した。

「私の肉体にするのみ」

「―――えっ」

 その言葉と共に訳の解らない生きモノたちが形を崩し、ヴォルデモートの前の(くろい空間に収斂しだした。

 確固とした意識を持つ『神代の時代』の存在ではこのようにすることは不可能だ。つまり、『阿頼耶の怪物』であったと云うことである。

 『名』と云う『概念』によって『縛ら』れていた存在は解放され、一カ所に留まった。

「―――」

 シンジは無言、無表情に見えるが何か異様な雰囲気がシンジを覆っていた。

「云ったろう。私の肉体だ」

 次に白い影、ヴォルデモートが(やみを覆い、混ざり合った。
 ―――刻が立つと昏が形を、成した。




 その姿は異形のモノ。3m程の大きさ。山羊の角。紫の(まがった眼。鋭い牙。太い腕。丸太の様な足。グリフォンの翼。太い蛇の尾。
 東洋の荒神『龍』の様で西洋の邪神の様でもある。

「私の名は“ヴォルデモート”。『超越種』に至った訳だ。碇シンジよ。ハリーの前に、この身で消す」

 この形に『名』を自ら与えることで『契約』によって『縛り』、朧気(おぼろげであった『概念』に意味を与え、制御し易くしたのである。

 強大な威圧感が辺りに撒かれた、意識はウ゛ォルデモートを保つことができた様だ。複雑な魔法術公式で成したのだろうか。否。まぐれとしか云いようがない。それか制御できたのは『阿頼耶』の気まぐれか。

「―――クスッ」

 シンジは俯き、『混沌』としたモノが溢れた。笑っていた。(きらやかな笑みだ。前髪によって眼が隠れていた。けれど笑っていた。この『怪物』を前にしたのに、なんて澄んだ笑みなんだ。

「クククククク、アハ、アハッ、アハハハハハハ!!!!」

 シンジは(かおを片手で覆い、上体を反らして高笑いを上げた。

「恐怖の余り壊れたか」

 ウ゛ォルデモートの言葉。否。『壊れ』たのでない『反転』したのだ。

「善いよ!最高だよ、君は!『異世界』の『阿頼耶の怪物』の収斂だと。そんな『上級高位』種に至るなんて。しかも『異世界』のモノだ」

 シンジの眼は手で隠れて見えない。口許だけが覗けていた。

「何が云いたい」

 ウ゛ォルデモートの威圧感が増した。この様な反応は想定外だったのだろう。

「僕の枷が外れたんだ!『世界』に対して遠慮する必要がない。君は『抑止力』の対象外になったんだからね!!」

 今のウ゛ォルデモートはシンジと同じく『異世界』のモノであり、存在としては高次元のモノである。ヴォルデモートをシンジが『殺し』ても、『抑止力』は適用されないのだ。

「君は僕と同じ『舞台』に立てた。素敵だよ。僕がこの手で『殺せ』るんだからね!!」

 シンジの言葉と共に空間がぶれた。























 落ち着いたのは新緑豊かな、シンジの『異界』。

「―――ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ」

 蒼々とした樹々に囲まれ、ごつごつとした岩がある。辺りは(くらい。

「我は『    』と同位なる存在。『  』や『          』、『  』等の呼び名があり、その端末」

 シンジの口上は続いた。

「それらを内包し、『碇シンジ』を消さないために、我は在る」

 シンジは『     』であるが、『碇シンジ』を保つために凡てを識らず、『異世界』を旅して学んでいるのだ。

 端末であるのに内包するとは『一は全て、全ては一』と云うことだ。

「我が名は『碇シンジ』」

 『世界=菴摩羅識』より同位のモノ。

 シンジは少し腰を屈み、銀髪は揺れ貌を覆っている指の隙間から、爛爛(らんらんと輝き、猫の様に悪魔の様に真祖の様にに、縦に裂かれた瞳の片方の『朱眼』が覗いた。

「ころ   して   あげ   る」























 シンジは一足で距離30mを縮め、対象に腕を袈裟(けさに振り降ろし、50m先で重力を無視して急に止まり振り向いた。

 対象一体。
 対象名称ヴォルデモートを暫定的に『魔』と称す。
 『碇シンジ』の要望―――苦しめて楽しく殺す。
 能力未解析。
 一撃目による打撃に右腕の破壊に成功、横に避けて躱しきれなかった模様。完全破壊に至らずに安堵。
 身体能力は高位。
 今までの『碇シンジ』の記録から『阿頼耶の怪物』との戦闘記録参照。参照終了。

 連続打撃による完全破壊予測。一撃42%二撃76%三撃94%。

 策。
 『碇シンジ』の要望を最優先。両翼を破壊。楽しめ。

 手段。
 『碇シンジ』が把握している能力限定解除。




 ―――実行。

 宣言からこの間まで、僅か0.01秒。




 シンジは腰を落とし、地を這うように滑走した。対象まで1mの処で片足で勢いを殺し、壊さない様に『魔』の足を踏み台にして駆け上がり、グリフォンの両翼の根本を掴んだ。




 グキッ




 厭な音がした。シンジは掴んだ後、足場を二つ左斜め下と左斜め上に創り、それを用い一回転して、捻切った。

 シンジは距離を取った。未だに『魔』は『碇シンジ』の残像を見ていた様だ。今は上体を反らして痛みに苦しみ、もがいていた。

「ッガア―――何が、起こった」

 『魔』がやっと振り向いた。

「キ、貴様」

「―――クス」

 シンジの縦に裂かれた朱眼は無機的で、けれどその眼は細められ、口許は吊り上がっていた。

 さらりと流れる白銀の髪は、創られた月明かりに照らされ煌煌と反射して輝いていた。漆黒の着流しと色が対照で、昏い闇に磁器人形の様な透き通った肌膚は艶やかしい。

 見た目14,5歳の少年の純粋な笑みなのに、その陰にある雰囲気は―――。
 ―――凶々しい。

 シンジの『ニヤリ』笑みの根底には、この『反転』した時の雰囲気が僅かに(こぼれていたのだ。

「―――貴様を殺す」

 『魔』の宣言。『超越種』としての傲りを捨て、眼の前の子供の皮を被った『バケモノ』を全力で殺す。

 『魔』はその太い右手をシンジに向けた。

 紡がれた『公式に沿った言葉という魔術回路(言霊』と共に緑の雷光が腕を包み、シンジに向かって放たれた。

 緑の(のぼりが織れ、畳み、絡み、空間を(はしって複数がシンジに触れようとした瞬間。




 パアァァン




 顕れたのは金色の壁。光の奔流は壁に(つかり、ケモノの鳴き声をあげて凡てが掻き消えた。

「―――チッ」

 『魔』の舌打ちが僅かに空気を振るわせた。目の前の『バケモノ』は桁が違うじゃないか。『バロールの幻蛇』と同じ『死の概念』を光に乗せて対象を殺す『死の呪文』。死が優しく包む筈のこの魔法が効かない。

 『魔』は横に飛んだ。銀色の軌道が通り過ぎた。微かに遅れていたら腕を持っていかれる処であった。

 何が飛んできたか空間に眼を造り這わせた。見つけたのは柄がないナイフ。

 少年は微笑んでいる。―――『バケモノ』が。『魔』は横に振れた体勢を直し、翼を復元した。

「死ね!」

 羽が弾け、666つが弾丸となって飛んで行った。『(まじない』が効かないのなら物理的に滅ぼしてやる。

「クスッ」




 キィィィン




 少年の零れた笑みと甲高い音と共に創られた同数のナイフが羽弾と相殺しあった。少年の能力―――空想具現化(マーブル・ファンタズム―――は確率を支配し、それがある『世界』を創る規格外の能力である。




 考えろ―――。
 ―――この『バケモノ』を殺す手段だけを。

 此処はどうやら奴の『世界』らしい。主に反する存在は如何抗えばいい。―――ありったけの『概念武装』で叩き潰す。―――『世界』を書き換える。

 ―――なんて、無様。

 『阿頼耶の怪物』と化した私が『バケモノ』相手に手古摺(てこずっている。終わらせよう、こんな悪夢を見続けるのは耐えられない。




 『魔』は腰を下げ、地を駆けた。両手に持つのは二振りの刀剣。一つはバカでかい紅い刃に(まだらに黒いものがこびり付いたモノ。一つは折れそうな程薄い刃が透けた(くろいモノ。

 フェイントなどの芸当は魔法使いである『魔』にはできない。『阿頼耶の怪物』の単純な戦闘能力と魔法使いとしての知識しか持ち合わせていないのだ。

 しかし、『阿頼耶の怪物』の戦闘能力は恐ろしいモノである。『霊長類』のシステム『阿頼耶識』によって生まれたその不確定な想念をカタチにした概念はまさに『怪物』と呼べるモノだ。

 人には視認できない速さで巨大な物体がシンジとの間に残像と云う影を残した。




 『魔』は一瞬にして間合いに入りシンジを

 刺し

 切り

 通し

 走らせ

 ざっくざっくに切断し。

 完膚なきまでに、バラした。

 十四、五歳の少年を

 首、後頭部、左眼から唇まで、右腕上腕、左腕下部、右手薬指、左腕肘、左手親指、中指、右肩、助骨部分より心臓まで、胃部より腹部まで同二カ所、左足又、左足膝、左足踵、左足指その(すべて。

 すれ違いざまに、一秒の時間さえ掛けず。

 真実 瞬く間に (ことごとく。

 少年を、十と七つの肉片に解体した。




 『魔』には、なぜ『バケモノ』が先程の壁を造らなかったかは解らない。しかし、これは好機である。『概念武装』を施した刀剣でバラしたのだから肉体の再構成はできない筈だ。




 『概念武装』とは物に大量の情報を書き込み、『世界』に事象を引き起こさせるモノだ。そして、これも『魔術』の一つである。

 簡単に云えば悪口が詰まった武器であり、『世界』が悪口に便乗して事象を起こすのだ。

 二振りの刀剣に刻まれた情報は『阿頼耶』に積もった『霊長類』の『死』と『虚無』の二つである。

 『霊長類』が生き、死んでいく過程で側に居た『死』。体験した『死』。見た『死』。楽しんだ『死』。嘆いた『死』。瞬く間の『死』。鮮血が舞った『死』。汚い『死』。美しい『死』。悲しい『死』。意味のない『死』。代わりの『死』。諦めの『死』。薄情な『死』。憎悪の『死』。満足な『死』。嵌られた『死』。

 『霊長類』が生き、壊れていく過程で側にあった『虚無』。儚い『虚無』。(むなしい『虚無』。復讐と『虚無』。何もない『虚無』。死の隣の『虚無』。終わりと『虚無』。

 『阿頼耶』に蓄積した『死』と『虚無』を刻まれた刀剣は斬った存在を否定する霊刀(アストラル・ソードである。




 『魔』は刀剣を仕舞うと肉片に向かって魔法と『阿頼耶の怪物』としての干渉を行った。油断してはならない。『バケモノ』に常識は通じないのだから、此の世から完全に消さなければならない。

 振り返った『魔』は己の片腕を贄として切断し、『(しゅ』を深めた。落ちた片腕を拾い上げると、血の薫りの下へ投げ入れ、対象を自意識内に広げて『(まじない』を刻み、公式を組み立て、『阿頼耶』を意識し、空間を包んだ。

 朱く(くろい色彩が肉片を多い、色が晴れるとそこには何も、なかった。




「―――滅ぼしたか」

 呟いた言葉は曖昧だ。出来た、出来ていないの両方に捉えられる。『バケモノ』でもアレに包まれれば死ぬだろう。

「―――フゥ」

 溜息が漏れた。高まっていた精神が安定していく、次はハリー・ポッターを殺すのが目的だ。しかし休養が必要である。彼奴(あいつ(あれ程の『バケモノ』だとは想定できなかった。癒しが欲しい。




「―――ッ」

 言葉でない言葉が『魔』から零れた。背筋が急激に冷えて、脊髄の代わりに氷水を入れられた様だ。理解が出来ない。恐怖と云う感情が渦巻いて、今直ぐ此処から離れたい。場が悲鳴を上げて、空間が壊れそうだ。

「なんだ」

 確認したいが何が起こったか『魔』には解らない。「逃げろ」と云う叫び声が頭の中で響いている。否。一つだけ解った。否定したいが否定出来ない只一つの事柄が。




 この『世界』はまだ生きている。




 奴が消滅したのだからこの『世界』は消える筈だ。なぜ未だに保たれている。否定したい事実が思考に浮かぶ。




 奴は生きている。




 途端に『魔』の目の前の空間が歪み、ぶれ、(きしんで影が現れた。それは人の形を造り、『バケモノ』が再びこの『世界』に顕れた。

「まあまあ面白かったよ。―――さよなら」

 少年の言葉が『魔』の鼓膜を振るわしたと同時に、徐々に『魔』の視界が黒ずんでいった。『魔』には何となく解った。もう存在は残れない。これが、そして―――。

「―――貴様が私の死か」























 周囲の樹々はなぎ倒されて、鬱蒼としていた空間に月明かりが、冷たい光が射し込んでくる。『魔』は消滅した。そう、ヴォルデモートは死んだ。

 ハリーたちは大丈夫だろうか。シンジは日本の碇邸の森を歩き乍ら考える。

 ふと、シンジは空を見上げた。(くらい深緑の『世界』に黒い着流し。そして上には白い月。冷たく、辺りを照らす白い月。




 ああ―――今夜は―――こんなにも―――月が、キレイだ―――




最終章 終わりと始まり 第一楽章 バケモノと魔 終幕









あとがき


 今までで一番長いバトル。んーむ。難しいです。シンジを主観にすると圧倒的なので、途中からウ゛ォルデモートに移行です。割と此は成功でした。

 此の幕には月姫からの引用が多数ありました。月姫SSを書くとしたら書きたい言葉と場面を書きまくり、(あれは善い作品です。世界観も善いですし。

 シンジにとって意識しての『殺し』は久々です。此がシンジにとって良いことか悪いことか私にも判りません。けれど寛悠(ゆっくりと『碇シンジ』は成長して行くんでしょうね。

 書いていたら容量が大きくなり二つに分けました。前幕と後幕です。終章として善いのが書けるか―――。頑張ります。


[第五章] [書庫] [最終章 第二楽章]



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