the incarnation of world
朱眼鮮血

第五章 朝日を前に








 空は静寂を伴った闇から蒼くなり、光の粒子が窓から入って来る。その窓からは二カ月前に『死』を覚悟した森が覗けた。彼、ロンが寝起きするグリフィンドール寮の一室にはロンとハリー、その他四人の生徒が暮らしている。

 珍しく、夜が明ける前に目が覚めた。否。初めてだったと思う。ロンは二度寝をする気にはならなかったから、椅子を引っ張り窓際から見慣れた景色を眺めていた。

 部屋を見渡すと、起きる気配がしないルームメイトたちが寝息をたてている。まだ起きるには早すぎる時間帯である。無理もない。ハリーのベットの方を向くと、ハリーがリンを抱いて寝ていた。

 『あの日』からハリーはリンと寝ている。その時ロンは何があったかをシンジから聞いていたが、ハリーを、避けると云う思いにはならなかった。―――人を殺したと云うのに。

 学校にはシンジが様々な詭弁で説き伏せたと聞いた。ロンはさすが年の功だなと変に感心したのを覚えてる。なぜかシンジからロンは『魔術』以外の授業に詭弁を受けていたが、確かに役立つことであったのだ。

 ハリーがリンと寝ているのは自分の命令での罪悪感か、一生を共にする誓いか、只単に寝ているときに温かいからなのかは判らない。けれど、ロンはそれを見て自然と口許が綻ぶのであった。

 この『日常』の一齣を見ていると、最近起こった『非日常』は幻想なのじゃないかと思ってくる、ロンはこの2カ月のことを思い出す。それは『日常』から『非日常』への移りの記述。























 シンジが副担当をしている学校の授業、闇の魔術に対する防衛術の時間である。クィレルは一週間前に学校を去ったと、生徒たちには『鬱病気味のため、シンジから躁病気味の人を紹介され破天荒な旅に出た』と伝わっていた。

 鬱病とは抑鬱気分、悲哀、絶望感、不安、苦悶感などがあり、体調が優れず、精神活動が抑制され、しばしば自殺企図、心気妄想を抱くなどの症状を呈する精神の病気である。

 躁病とは気分壮快、自我感情が高揚し、自信過剰で尊大、無遠慮で節度を欠き、誇大妄想を伴い、多弁多動で落ち着きがない精神病の一つである。

 この正反対の者は上手くいけば互いに善い関係になるが、間に誰かが入った方がより善い関係になるそうである。

 シンジは面倒臭いのか、生徒に授業の進行を任せぐーたらしている。そこで急遽新任の担当を学校側は呼ぶことになったのであった。

「みんな、今日は僕があまりにも不真面目なので、新任の担当が来ました。自意識過剰で少し騒がしく、本は沢山だしていてまぁまぁ売れている人です。印税だけでは生活できないらしいので、この辺鄙な学校へやって来たんだろうと思います」

 新担当の人に対し、いきなりの毒舌である。あまり快く思ってないのだろうか。

「僕はいつも通り端で寝ているので後は彼に任せます」

 シンジがそう云うと扉が開き、意匠卓越な格好の三十路に至るか至らないか微妙な歳の男、魔法使いが立っていた。

「イカリ先生、あまりにも卑屈な紹介じゃないですか。これでも私は幾つもの賞を取り、皆に慕われている有名人ですよ」

 男はそう云いながら教壇に向かった。

 男子生徒はその姿にどこかで見たことがあるなと思い、女子生徒は期待を胸に抱き乍ら教壇に立つのを待った。

「初めまして皆さん。今日から闇の魔術に対する防衛術の担当をすることになった、ギルデロイ・ロックハートです」

 紹介が終わると女子生徒の黄色い悲鳴が響いた。ロックハートは人狼や死徒を撃退し、その体験を本に記したりしている『魔法界』では名が広まっている人物である。

 彼は来るなり自己紹介を始め、記した書物に載っている武勇伝を語り始めた。

 ロンはシンジが教壇を離れていくのを見ると、ゆっくり睡眠指定席に着き、耳栓をして机に突っ伏した。なるほど。シンジがロックハートを快く思っていなかったのは、授業中に惰眠を貪ると云う趣味が妨げられる心配をしていたのだ。ちなみにロンの隣に座っているハリーは既に寝ている。後ろを振り向くとハーマイオニーは、シンジから渡されたヘブライ語で記述されている魔道書を読んでいた。

 ロンはシンジとハリーに倣って机に突っ伏した。確かにロックハートの話のBGMは寝ずらかった。

 ちなみに、ハリーは授業の内容にも因るが大抵寝ている。ロンはシンジから、授業に使う魔道書を直接刻まれており、ハーマイオニーは難しそうな本を授業中に読んでいることが多いのだ。

 三人とも立派に成長して嬉しい、とは黒猫リンの日記よりであった。























 澄み渡る空の下。木漏れ日が零れ、草木薫る樹の下で、ロンとハリー、ハーマイオニーは昼休みを過ごしている。昼食はいつもここでとり、緩やかな風に煽られ乍ら話したり、昼寝したり、読書したりしているのだ。時折シンジが来る事もある。

 今日はその樹の下に背の高い少年が来ていた。

「頼む。ハリー・ポッター、クィディッチのシーカーをやって欲しい」

 少年はハリーに向かって頭を下げている。

 彼、ウッドはクィディッチと云う『魔法界』のスポーツのグリフィンドール寮のキーパーでありキャプテンをやっている。




 クィディッチとは魔法箒を使ってのスポーツであり部活活動のようにやっており、二カ月に一度寮対抗で試合が行われている。その試合の観戦は全校生徒全教員がし、大いに盛り上がる催しである。

 どのような競技かと云うと、競技場の大きさは長さ150m、幅24mで、三つのポールの先端に半径2mの円があり、それがゴールである。選手は魔法箒に乗ってプレイする。ボールは4つ使い、クアッフルが1つ、ブラッジャーが2つ、スニッチが1つである。

 クアッフルとは、直径30cmの皮製のボールで、チームの「チェイサー」はこれを円形のゴールに入れる。ちなみに1ゴールは10点である。

 ブラッジャーとは直径25cmの鉄製の球で、選手を無差別に攻撃する。選手はこれをかわしながら跳ぶ。チームの「ビーター」はこれをバットで打ち返してチームを守る。敵選手を狙って打つこともあるが、ルールに触れるものではない。

 スニッッチとは胡桃大の大きさの羽が生えた球で、出来るだけ捕まらない様にと逃げる。チームの「シーカー」はこれを捕まえる役目だ。これを捕まえると150点で、同時に試合も終了となる。

 これが大体の説明である。




 ウッドの背が高いと云っても16歳で175cmと云うものだ、けれど、ハリーは10歳で120cm、ロンは122cm、ハーマイオニーは120cmであった。
 ちなみに、シンジは142cmと年の割には小柄である。14歳の外見年齢は伊達じゃない。

 実はウッドが誘いに来たのはこれが初めてではない。彼はグリフィンドール寮の寮監督者であるマクゴナガルから、ハリーの箒の授業の時間を見学してみて下さい、と云われハリーの常軌を逸した飛び方を見てから度々クィディッチをやらないかと誘っているのだ。無理やりにではない、忘れた頃にやって来るのである。ロンはクィディッチをやれば善いのにと思いもしたが、シンジの教えの方が面白いと知った時からはウッドの味方をして勧めようとはしなかった。

「ハリー、一度くらいやってみたら」

 読書をしていたハーマイオニーが顔を上げ、本を地に置いてから、樹に寄り懸かったままハリーに話しかけた。

「え〜、面倒じゃん」

 ハリーはハーマイオニーの方を向き口を尖らす。

「シンジさんみたいなこと毎回云ってるんじゃないの」

「子は親に似るものだよ」

「いつもは親じゃなくて兄だとか云ってるのに」

「親は保護者の総称だよ」

「話が逸れる前に云うわ、グリフィンドールは今、他三寮に負けが続いてるのよ、スニィッチを最後に捕られて逆転負けと云う風にね」

「それは知ってるよ、惜しい処でいつも負けてる」

 二人の会話にウッドの頬が引き攣る。

「で、勝つところを見てみたいからハリー、頑張ってね」

「ハーマイオニー、何を賭けてる?」

 黙っていたロンが不意に口を開いた。

「シンジさん研究権よ」

「―――は!?」

 唐突にロンが予測し『賭事』と云う結果が出て尋いてみたが、ハーマイオニーはあっさり答え、しかもその答えはとんでもなかった。

「―――研究って」

 ロンが眼を見開いて固まっている処にハリーは。

「面白そうだね」

 育ての親が研究対象にされるのに、やけに生き々々としている。

「そうでしょ。私の研究は『世界』に起こる『因果』の解明だから、これほど適切な素材はないわよ」

「僕も参加するよ」

「シンジさんに頼んで、許可を迷っていた処に、クィディッチでグリフィンドールが勝ったら善いでしょうって云ったの」

「ん〜、なら僕も頑張ってみるかな」

 ウッドは話についていけていないらしく、ロンは既に『外れ』かけた少年と『外れ』始めた少女を眺め乍ら溜息を吐いた。




 ―――シンジさん、貴方の授業は参加する人を『そっち』側に引きずるんですか?




 ここで記している『そっち』側とは、魔法使いがいる『こちら』側と普通の人の『あちら』側、反転し元に戻らない『彼岸』とも違う。シンジの様な人物の属性である。曖昧な表現だが他に言葉が見つからないのでこれに因って理解して貰いたい。

 ロンは『外れ』たシンジを思い乍ら、若干『探求心』が溢れ始めている『魔術師』二人を見て再び溜息をつく。確固とした『自分』を持つロンは流されることがないと自覚し乍ら、自分が参加するのは観測行為で止めとこうとした。

 こうしてハリーはクィディッチを一度やることになり、ハーマイオニーは研究を楽しみにし、ロンは『錬金術師』として魔法箒の作成をすることになった。

 しかし、シンジは愛する生徒の頼みなら困っていただけで了承を出すのだが、少々ハーマイオニーの早合点であった。























 優しい風が頬を撫でる。芝生が辺り一面に敷かれているここは―――クィディッチ会場兼練習場。

 ロンの作成した魔法箒の試験とハリーの最初で最後の練習である。彼らは授業をさぼっているが、シンジの教えと自分の研究、割と忙しく時間が取れなかったのである。『探求心』の塊である『魔術師』は、興味があるモノでないとやる気が起きないのである。

 今、ここに居るのはハリーとハーマイオニー、ロンとウッドであった。

 ウッドは四角い匣を持っている。この中に金色の球―――スニッチ―――とその他のゲームに使う球が仕舞われている。

「じゃあハリー、スニッチを外に出すから」

 ウッドは封がされている匣を開け、鎖で縛り付けられたスニッチを解放する。

 スニッチはまず、すっと皆の眼線で滞空して、空へ駆け出そうと―――。




 パシン




 ハリーが箒の柄で叩き落とし、そして踏む―――。




 ムギュ




 芝生に減り込んだ。

『――――――』




 スパーン!!




 ハーマイオニーが取り出したハリセンでハリーは頭を叩かれ蹌踉ける。

「何やってるのよ、ハリー」

 ハーマイオニーの呆れた声である。

「否。なんとなく」

 ハリーは眼を細め乍ら云った。

「解るよ、その気持ち。理由はないんだ。例えば、この鍵がないと建物に入れないと云われたときに、奪って草むらに投げてしまう衝動だ」

 ロンの言葉にハリーは腕を組んで頷き、ハーマイオニーは口を半開きにして眼は半眼になってしまった。横に居るウッドは頭を抱えてしゃがんでいる。

「―――早く練習やりましょう」

『そうだね』

 切り替えが早い三人と違い、ウッドは未だにしゃがんでいるのであった。























 ハリーは空中で片手で箒を掴み、浮いている。箒に跨っていない、と云うよりも、掴んでいる手を離してさえ浮かんでいる。

「―――ロン、どう云う箒を造ったの?」

 ハーマイオニーの頭にデフォルメされた汗が張り付いている。

「普通のじゃつまらないからね。重力制御呪刻、自動障壁展開呪刻、結界展開呪刻、座標軸探査呪刻、空間跳躍呪刻、魔力の消費を減らし、ミスリルを使い、『魔術』を内包し反発させることによって、より速く飛ぶことができるんだ。銘は『撫子』」

 ロンは嬉々として説明する。

「それだけじゃないでしょう」

「当然。シンジさんの『異世界』の知識。科学の技術を魔力によって作動できるようにしたよ」

 ロンはハーマイオニーからふよふよ浮いているハリーの方を向いた。

「ハリー、先端を山に向けて『言葉』を。否。『音声入力システム』。『グラビティ・ブラスト』だ!」

 ハリーは頷き、箒を腰の後ろで横に構え、柄を山に向ける。

「『グラビティ・ブラスト』!!」

 ハリーの叫びと同調し、ハリーから箒は魔力を吸い、仄かに輝くと不可視の閃光を。否。歪んだ空間が山と箒を結び、山の中った箇所が崩れ、貫通する。

「おおっ」

「よしっ」

「―――はぁ」

 ハリーとロン、ハーマイオニーからそれぞれ言葉が零れた。その後ハリーは連呼し、山の形を変えてゆく。

「―――ロン、あなたは『外れ』始めたわ」

「君のほうこそ『外れ』始めてるよ」

 ハーマイオニーとロンは互いに向き合っている。

『―――クスッ』

 ニヤリ×2

 シンジの独特な笑みの癖も二人は移ったらしい。




 ウッドはハリーの『外れ』ぐあいに、眼を見開き口を半開きにしていたが、どう対処しようか背後の二人を見やる。

 笑っている。煌々しく澄み切った、天使のような笑みである。否。そうか?ならなぜ手先が震える。脊髄の代わりに氷水を入れられたような悪寒。少年と少女の表情は天使のように―――凶々しい笑みだ。

「―――っ」

 声が掠れる。言葉として発せられない。この表情を見ていたくない。側面から眺めただけなのに足さえ震え始めた。この表情を正面から向けられたら間違いなく固まるか、すぐに逃げ出すだろう。

 少年と少女が不意にそのままの表情でこちらを向く。―――ウッドの意識は暗転した。




『あっ』

 声が零れる。

「ハーマイオニー、君の表情が余程恐かったらしいよ」

 ロンはウッドに近付き乍ら云う。

「っ!!違うわよ。ロンの表情、シンジさんのあの笑顔に似ていたから、きっとそれよ」

 ハーマイオニーは頬を膨らませ、上目遣いで、むー、と唸る。

「僕もあの表情になってたの?ハーマイオニーの表情も正にそれだったよ」

 ウッドの横に膝を曲げ、腰を下ろすとぺちぺちとウッドの頬を叩く。それにしても学校の先輩に対して礼儀がなってないと思われる。

「じゃあ僕らってかなりシンジさんに染まってきたんだね。あの笑顔ができるなら『外れ』始めたのを認めてしまうよ」

 ロンはウッドを叩くのを一時止め、肩を竦める。

「ん。それなら仕方ないかもしれないわね。それにしても―――」

 ハーマイオニーは一度口許に人差し指を添えて、離すとハリーのほうを仰ぎ見る、ロンもそれに釣られる。

「―――ハリーのほうが『外れ』てるのは確信できるわ」

「それは僕も同意だよ」

 視界の先に広がるのは『グラビティ・ブラスト』を撃ち捲るハリーと既に原型を留めていない元、山の成れの果てであった。























「ハリー、スニッチを放るよ」

「うん」

 ロンはスニッチを空に投げる。今度は滞空せずに風を切って飛んでいき、視界から消えた。

 ちなみに、ウッドは目を覚まさないので木陰の下へ置いてきた。

「速いね。ハリー、取れそう?」

 ロンは端からスニッチを眼で追おうとはせず、箒に跨っているハリーに向き直る。

「大丈夫だよ、会場内を把握すれば善いだけじゃん。それにさ」

 ハリーは悪戯をする様に眼を細めると、口許を綻ばせ乍ら眼鏡を外し、ロンに放る。

「僕にはこの『眼』が在るからね」

 ハリーはクスッと声を零らすと、その眼は碧から蒼に変わっていた。

「まあ、そうだね。線が視えるなら楽か」

 ロンはハリーから視線を外すと会場内の虚空に眼をやった。

「ええ、これでシンジさんを弄ぶことができるわ」

 ハーマイオニーの言葉に、今度はロンの頭にデフォルメされた汗が張り付いていたのだった。

 ハリーは時折、誤射したと云い『グラビディ・ブラスト』を撃ち、巫山戯乍ら確実にスニッチの通る蒼線を視て掴まえていった。























 頭が痛い。脳髄が灼ける様にひりひりして、熱を冷ますために血液がどくどくと循環していく。しかし、流れる血さえも熱くて、頭が割れて脳から羽が生え、羽化しそうだ。

 今日はクィディッチの大会、グリフィンドール対スリザリンである。ハリーは『撫子』に跨っており、会場内を選手が飛び交っている。そう、試合は既に始まっているのだ。

 ハリーは線を見るために『魔眼殺し』の眼鏡をロンに渡し、脳の回路を開き、『線』を『意識』を識ろうとしたのである。いつもなら問題は無かった。それは、ハリーに集まる『意識』の絶対数が少なかったからであるのだ。

 人が居る処には『意識』がある。それは指向性を持たず、拡散するものだ。ハリーはそれを識ることもできるが、意識しなければ頭痛が酷くなることはない。

 人から人へ向かう『意識』も頭痛を増すモノではない。では今回は何が違うのかと云うと、試合を見に来た全校生徒全教員の意識が選手に集まると云うことだ。

 『意識』がハリーに集まる。それは、ハリーが識りたくなくても無理矢理に識る事になることなのだ。ハリーに向かう『意識』は様々な思いがある<興奮><悲観><妬み><心配><歓喜><殺意><落胆><狂喜><期待><驚嘆>等、他にも試合の観戦には様々な『意識』がある。指向性を持った『意識』がハリーの脳を蝕み、痛みを伴うのだ。

 頭痛がする。ずきずき痛んで、脳が普通は理解出来ない事を理解しようとして、くらくらする。眼が『意識』の始点と終点を捉え、開かれた回路が脳と繋ぎ、無理に理解しようと眼がぐいっと押され、脳にくっつきそうだ。

 回路をハリーが閉じれば善いのだが、感情が安定していなくて出来ない。意識の奔流に揉まれ、スニッチを掴まえると云う『目的』しか今は考えられない。一つの目的を遂行するために動く。まるで―――。
 ―――人形の様だ。























 生徒観戦席。様々な声が飛び交う中にシンジとハーマイオニー、ロンが集まってハリーを見ている。三人はハリーの異常を捉えていた。ハリーの眼光には力がなく、箒が飛び回り、機械の様に動いている。

「ロン、ハリーは自分からやると云ったんだよね」

 シンジの表情、声色にはいつもと変化が無い様にみえる。しかし、実は想いが一回りして逆に落ち着いてしまったのだ。

「ええ」

 答えるロンの口数は少ない。曖昧な返事だが嘘じゃない。ハリーが参加すると云うのは不純な動機だが、ハリーが決めたことなのだ。

「そうか、じゃあ、ハリー―――頑張れ」

 シンジは視線をハリーに戻し、無言が三人を包む。決意した事を他者は邪魔をしないと云うのはシンジの教えにもあるのである。

 それはシンジが『目的』を達するのに邪魔モノを排除するのが当然と云う事と同意である。

「―――」

 ハーマイオニーは口を開かない。しかし、その眼は濡れており、口許は引き締まっていた。























 ―――ああ、頭が、痛い。




 ハリーは空間を蜘蛛の如く這え回り、凡ての朱線、蒼線を避けている。その線はビーターの一撃だったり、選手の軌道だったり、凡ての球の動きである。

 首と脇腹に―――朱線。把握している空間に棒を構え、球を打ちこちらに中て様としている奴が居る。




 ガガン




 歓声の中に紛れる二つの打撃音。凄い勢いで向かってくる。




 ―――まあ、先生の光弾のほうが早いけどね




 箒の『ミスリル』に貯めていた力を解放する。風を切って爆発的な速度でスリザリン生の横をすり抜けた。ルールに縛られ反撃出来ないのが口惜しい。

 頭痛は止まない。観客の『意識』がより集まったのか、更に酷くなってきた。痛い痛い、痛い。割れそうに痛い。脳髄が零れ、耳から垂れ流しそうだ。




 ―――こんな戯れ、さっさと終われ




 頭が痛いのを我慢して意識を広げ、眼を凝らして凡ての始点を捉える。小さな、金色の、球。




 ヒュッ




 捉えたと同時にハリーから見える景色が流れ、その手にはスニッチが握られていた。

 試合、終了。























 採光が悪い宿舎の一部屋。明かりの問題は狐火の様なモノが灯りとなって解決。外観では狭そうに見えるのに、空間が広がったとしか思えない広さ。ラテン語、ヘブライ語、ゲルマン語で書かれた書物。ちなみにゲルマン語とは『あちら』側で『ルーン文字』と認識されているものである。フラスコや鍋等に、形容し難い色彩の液体が入っている。観葉植物が窓際に飾ってあり、他にも様々なモノがあるシンジの部屋。そこのベットの上にハリーと白猫リンが寝ている。

「シンジさん、ハリーはいつごろ起きるのかな?」

 ハーマイオニーは眺めていたハリーから、椅子に座っているシンジのほうに視線を上げた。

「後、三日ぐらいかな」

 シンジはハーマイオニーの声に、空にさ迷わせていた視界を変え、向き合う。

「―――三日」

 ハーマイオニー眼を下げ、ぽつりと零らす。

 試合後にハリーがシンジに運ばれてから四日が過ぎていた。保健室に移さないかと云うダンブルドアの申し出に丁寧に断りを入れて、ここで安静にさせているのである。

「ハーマイオニー、ハリーは大丈夫だよ。リンが『意識』を半分受け持ってくれたから。『心』が崩れるまでにいかなかった」

 ロンが並んだベットの、ハーマイオニーをハリーの寝ているベットと挟んだ後ろから声を掛ける。

 能力を僅かに共有する『血の契約』によって、ハリーの頭痛や苦しみをリンは共有して、試合中にはグリフィンドール寮のハリーのベットの上で丸くなり、胸に手を添え喘ぎを漏らしていた。

 リンの人格が希薄で、言語を話すようにしていなかったのは、ハリーの『業』を伴にするのには人格が確りしている事は崩壊に繋がる恐れがあって、リンはこう造られたのだ。

 『業』とは罪に対しての罰と云う意味だが、ハリーが罪を犯したのも『運命』と呼ばれる偶然に依るものであった。

「―――そうね」

 ハーマイオニーはロンの声に眼を閉じ、感情を落ち着かせると、その眼には先ほどより力があった。

「シンジさん、ロン。私、疲れたから自室で寝てきますね」

 ハーマイオニーは椅子から腰を上げると、シンジとロンのほうを向き、眼を濡らしたまま口許を綻ばすと部屋を出ていった。

 辺りを静寂が包む。シンジもロンも思考に耽っており、ハリーの呼吸音が僅かに聞こえるのみである。

 不意に、ロンが口を開いた。

「シンジさん、学校に何かあるでしょう?」

 計算と思考の『錬金術師』の名は伊達じゃない。学校に於ける僅かな変化、変調を整理して問題が存在することを確信する。シンジはハリーを第一に考えている事をロンは知っていて、結果的に連なった被害が出る事象を防ごうとしていること。ハリーの心理状態に重要な幅を占めているハーマイオニーとロン自身が含まれていることも。

「ん。さすがだね。ロンは」

 シンジは表情を仄かに弛めるとロンのほうを向く。

「当然です。貴方の生徒ですから」

 ロンは眼を細めると感謝を込めて云う。

「―――そっか。」

 シンジは再び黙ると視線を辺りに這わせ、決心したのかロンの眼を捉える。

「実はね、この学校に『蛇』が居そうなんだ」

 蛇が居てもさほど魔法術学校では驚くことではないかもしれない。けど、その言葉には重みがあった。

「―――蛇」

 ロンが呟く。蛇に関する種族の全情報を整理しているのである。

「うん。『バロールの幻蛇』がね」

「なっ!?」

 淡々とした口調で語るシンジの発した言葉に、ロンの眼が大きく開かれる。

「『幻死の魔眼』」

 ロンの言葉にシンジはコックリと頷く。

「見ただけで殺すと云う、神代の存在、バロール神。その眷族と云われるモノがですか」

 ロンの声は若干震えている。

「うん。『幻死の魔眼』も識ってるはずだよね」

 ロンは頷き、シンジの問いに刻まれた知識を引き出す。

「『バロールの魔眼』は見ただけで対象を殺すモノです。今確認されているその能力に最も近いモノが『直死の魔眼』。『世界』の『死』を識る存在で、『幻死の魔眼』はその下位能力であり、脳を持つ存在と視線を合わせ、『死の概念』を送り込むことによって『心』を殺し『世界』の『修正力』によって『停止』させる代物です。これが『直死の魔眼』の下位に位置する理由は眼を閉じる、又は蛇の眼を潰すことによって防ぐことが可能だからです」

 活動を『停止』させる。それは『死』である。シンジはロンの答えに口許を綻ばす。

「それを持つ蛇が封じられていたらしいけど、この頃『呪』を外されたみたいなんだ。ハリーに殲滅を頼むしかないかなと思ってたんだけどね」

 シンジは寝ているハリーの髪をくしゃくしゃと撫でる。

 シンジはハリーに危険を犯させようとしていると思われるが、ハリーの『魔眼』は眼を閉じていても『線』を視ることができるのである。

 それならば只の大蛇を殲滅することと同じなのだ。

「ハリーは―――断らないと思いますよ」

 ロンの眼は細められている。

「シンジさんの願いは、いつも僕たちを案じてくれるものだってハリーもハーマイオニーも知ってます」

「―――ロン」

 シンジの眼が濡れてくる。

「だからそんなに自分を責めないで下さい。僕たちの自慢の先生なんですから」

 ロンは眼を細め、口許が綻んでいる。

 シンジは鼻もとがツンとするのを感じた。眼が濡れ、涙が流れる。

「―――ありがとう」

 涙を流しているのに確りとした口調で話す。

「じゃあ僕もそろそろ寝ますね」

 ロンは立ち上がると部屋を出ていき、扉が閉まる音が響いた。




 シンジがふと視線を下げると足下にはいつのまにか黒猫リンが来ていて、その姿がぶれる。

 濡れた様な艶やかな黒髪。狐火を反射する紅眼。口許は綻んでいる華稟がそこに居た。

「善かったね」

 只それだけを云うと華稟は、眼は濡れ、声を詰まらせているシンジをふんわりと両腕で包み込んだ。























 小鳥の囀りが窓越しに聞こえてくる。ロンはいつの間にか寝ていたようで、椅子に座り乍ら伸びをする。既にルームメイトたちが起きる時間になったようだ。

 シンジが蛇の覚醒に気付いてから一週間と幾日か経ち、生徒の中に被害者が出てきてしまった。ハリーが調子を取り戻すのに時間が掛かってしまったのだ。

 ハリーはシンジの願いを二つ返事で返し、ハーマイオニーもハリーと共に返事を返した。

 トロール殲滅のときとは違い、命令ではなく願いであのは危険が比べモノにならないほど高いからであった。

 被害者は幸いにして三人とも皆、鏡やレンズ等の媒介をとうして『幻死の魔眼』を見たことで『死の概念』の脳に送られた情報量が少なく、『停止』に属する『石化』になったのである。

 これならば『蘇生』でなくても救うことができる。学校側は治療薬の精製で騒がしく動いている。

 大本の大蛇を滅すことをシンジはハリーとロン、それと盾としてある人物を無理矢理連行させると云っていた。

 シンジとハーマイオニーは学校に残っての把握と復元にあたると云うことだ。

 ハーマイオニーの復元は生徒の石化の治療ではない。わざわざ治療法があるのに『魔術師』の『研究』を『魔法界』に知らせることはないからだ。と云うよりも知らせない。

 復元対象の詳しい事はシンジから聞くことはなかったからそこら辺は不明であった。




 ―――幕が上がる。『殺死合』の物語。



第五章 朝日を前に









あとがき


 書いていて楽しかった(笑)三人のはっちゃけも書いたし、シリアスな場面も書けたから。私にとってシリアスが一番書きやすいですね。

 ロンの半死に序でハリーの頭痛。終章に向かうにつれて傷付いてばっかりです。まあハーマイオニーと華稟と綾音が傷付くことはないのだけれど(笑)

 綾音とは白猫リン人間バージョンの名前です。リンと云うのが種の名称としたら名前は『契約』の証です。

 次は終章ですね。一番書きたかった場面有りです。さあどう描けるか。原稿というキャンパスに描きます。そしたらハリーの謎が無くなるでしょう。


[第四章] [書庫] [最終章 第一楽章]



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