the incarnation of world
朱眼鮮血
最終章 終わりと始まり 第二楽章 潜り行く闇
闇の中を淡い三つの灯が揺れる。ロックハートを盾として先に歩かせ、ハリーとロンは其の後に続いて歩いている。 『秘密の――』と称される『バロールの幻蛇』が居る目的地へ続く路は灯りが無く闇に包まれている。ハリーたちにとって唯一の光源は 此の洞窟は天然洞窟を利用した物の様で、岩が凸凹していてロックハートにとって歩き難いが、後ろに続く少年二人は楽々と越えている。しかし此処までの口数は少ない。 闇が湿っている。其れでいて冷たい。見えない雨に躰を打たれている様だ。杖が作る光を越え、ひやり、と肌膚と云う境界を抜けて闇が体内に浸透してくる。 ――厭な処。 ハリーは眉を顰めた。『禁じられた森』と同じく、進めば進む程闇と共に厭な予感がハリーの身を 「――厭な処」 「うん。僕もひしひしと感じるよ。纏わり付こうとする此の闇が邪魔だね」 ハリーの思考から ハリーは眼鏡に指を掛けた。此のイカレタ眼なら闇に含まれる感情を識る事が出来るかもしれない。眼鏡をずらし、外した。 ズキリ。 頭に痛みが走る。人の身が為し得ない事象を識るが故に、脳髄が悲鳴を上げた。 「暗い ハリーは再び眼鏡を掛けた。 「其れは数ある理由の内の一つだと思うよ、ハリー。此の空間は天然洞窟を用いた物だから学校創設前から続くモノなんだ。『蛇』も理由の一つなんだけど、純粋に想いが重ね重ねに積もったんだろうね。千を越える刻が ロンは足を止めて説明をし出した。其れにつられてハリーとロックハートの足が止まった。 ロックハートは何を云い出すんだ此の餓鬼は、と濁った瞳を向ける。 「善きも悪きも魔法使いと『魔術師』の根本は変わらない訳だね。【ホグワーツ】では表の歴史しか習わないけど。ハリー、それとロックハートさん」 ロンは強い光を宿した眼をハリーとロックハートに向けた。 「魔法使いをなめるな。魔法使いは狂いの歴史だ。人体実験と世界破壊で僅かな結果を導き出した最強の狂信者だ。『探求心』に憑かれた奴らは何をした。人の尊厳を無視した実験を繰り返し、魔導法則を求める為に常識を破壊し尽くした最凶最悪な奴らなんだ」 其れを忘れない方が良いよ、とロンは言葉を紡いだ。 「そんな事は知っているよ」 「そうだったね」 ぶっきらぼうに云ったハリーの言葉にロンはコクリと頷いた。 ハリーにも其の事は解っていた。シンジから『魔術師』になる意味意義意志を最初に教えられていたのだ。『魔術師』になると云う事は人を辞める事、何時死んでも 幼い頃にシンジを頼って生きたハリーは、『魔術師』になる事に 研究が危険なものだったら魔法省に感知された場合処分されるだろう。其れに ハリーは既にクィレルを殺した。云われないでもロンが云った事は解っている。『魔術師』が特別じゃない。魔法使いにも同じ覚悟を持たないといけない世界が必ずあるのだ。 【ホグワーツ魔法術学校】はぬるま湯だ。隠して隠して隠蔽している。魔法を開発している時に体内に作用する様な魔法を誰が自分を実験台に使うか。自分が死んでしまったら実験を続けられないじゃないか。だから他者を使う。実験体を用意するのは怪訝しくない事だ。 ただ周囲の者に倫理とか道徳とか正義とかで断罪されるだけである。 其れでいて現代の魔法使い、『魔法界』の者たちは過去の闇を知らずに知ろうとせずに魔法を使う。さも当たり前のように、だ。怪訝しい事ではないが、可笑しい事であり当然の事だ。なぜなら自分の手を汚していないのだから。闇を考える必要がないのだ。 そして。 魔法は自然界に干渉して事象を起こす。『世界』にシステムとして施かれた魔導法則に従って 法則に従って起こす魔法でも、新たな組み合わせで他の誰もが行えない魔法を使いたいのが常である。悪い事ではない。知識欲の塊である魔法使いは『探求心』に依って止まる事はない。 現代の魔法使いには、此の傾向が廃れてきてしまったが、魔法使いたる魔法使いと呼ぶにふさわしい存在は未だに存在する。其れがウ゛ォルデモートである。彼が異端として排除された理由は、人の種が基本的に正の属性を持つ点と時代が彼に合っていなかった点、他者を排する遊びに興味を持ってしまった点だろう。 マグルと呼ばれる人を殺戮する趣味はなかったが、過去此の様な魔法使いは掃いて捨てる程存在していた。魔法は自己の為の研究であり、永遠と行う報われない望みだ。 研究課程に行なわれる魔導法則に従わずに行った 魔法使いが闇の産物であるのは否定できない真実なのである。そして。 此れから行く『秘密の――』は、数千も前から続く魔法使いの闇が詰まっているのだ。 「ウ゛ォルデモートも其の一人、か」 ロンの講義が終わって歩を進めている最中に、ハリーはぽつりと漏らした。 「ん? ――ああ。廃れきった魔法使いの生き様に通じる古に殉ずる者だね。【ホグワーツ】に在学中の時に、52年前に才ある者しか入れない『秘密の扉』を開いたって記録だよ」 ウ゛ォルデモートが開いた『秘密の扉』。『魔法界』では『秘密の――』は世界中に存在する『古の魔法使い』たちの工房だと認識されている。現代の魔法使いに公開出来ない魔法使いの最奥の暗部。其の内の一つ。『秘密の扉』を彼は開いたのである。 「僕ら『魔術師』と同位の『古の魔法使い』。ん〜。複雑な気持ち」 ロンはそう云ったハリーをさらり、と一瞬眺めて視軸を洞窟の奥に戻した。 ハリーは思う。 乳児期の時、ウ゛ォルデモートに血縁の両親を殺されたと聞いたが、仕方がない事ではないか、と。そして其れは自分にとっても好い事ではないか。 ウ゛ォルデモートが『魔術師』と同位の『古の魔法使い』ならば、研究の障害を排するのは当然である。 両親も魔法使いならば、殺す殺される事を覚悟していたのに違いない。否。覚悟しなければならない。もし覚悟していなかったら、ハリーは両親を呆れるしかない。覚悟せずにいるのなら、何故『此方側』に留まった。其れなら『彼方側』で平凡に暮らしていた方が好い。魔法と縁がない普通の人の暮らしを過ごしていた方が好いのだ。 そして。 両親が存命ならばハリーの ハリーには考えられない事だ。 シンジに料理を作って貰えず、華凛に甘えられれず、リンに出会ず、そんな事を考えると寒気がする。両親が生きていても【ホグワーツ】には通うだろうから、ハーマイオニーとロンに会う事は出来るだろう。しかし。 三人も大切な者たちに会えない。否。一人でも出会えないなんて考えたくない。 だから其の点はウ゛ォルデモートに感謝している。此はシンジが想っている事と同じ事だ。シンジはハリーと会えて善かったし、ハリーはシンジと会えて善かった。もしかしたら、両親が生きていたら生きていたで其の生活以外考えられないかもしれないが、ハリーにとって ロンがいて、ハーマイオニーがいて、華凛がいて、リンがいて、シンジがいる。 此の生活を護る為ならばどんな苦労も苦痛も ――大切な人の笑顔の為に。 心象風景に其れ其れの笑顔を浮かべて行く。ロンの微笑み、ハーマイオニーの微笑み、華凛の微笑み、リンの微笑み、シンジの微笑み。ハリーは胸の辺りがぽかぽかと温かくなってきた。ふわり、と広がる温かな気持ち。思い浮かべた皆の笑顔が安らぎをくれる。しかし。 此の気の緩みが今回の殺し殺されたりの『殺死合』で、唯一の過ちだった。戦場での油断は、死に繋がる――。 虫の音が一切しない黒のカーテンで覆わられた『禁じられた森』から朱い瞳と銀色の髪がすぅ、と現れた。 其の姿を見留めた少女が栗色の髪を揺らし 「シンジさん。お疲れ様です」 「うぃ。無事終わったよ。ウ゛ォルデモートを滅したから、後はハリーたちが帰って来るのを待つだけだね」 「シンジさんが殺害出来たと云うことは、 「うん。彼は凄いよ。縛って封じようと思っていたんだけど条件が変わったからね。根本の魔術系統が違うから巧く解析出来なかったけど、『此の世界』に穴を開けて『世界』を越えて『異世界』の『阿頼耶の怪物』と『契約』していたんだ。ははっ、なんて奴だ。『魔術師』としての碇シンジとしては惜しい奴を亡くしたよ」 まあ座ろう、とシンジはハーマイオニーを促し、ハリーたちが昼食をとる木の側に腰を下ろした。ハーマイオニーはコクリと頷いてシンジの隣に座った。 「『阿頼耶』――。人類側が生み出した抑止力ですね。そもそも『世界』を渡るだけでも凄いのに、契約なんて如何やったんでしょう」 「否。渡る事は出来なかったんじゃないかな。せいぜい繋ぐだけで精一杯。針の穴より小さな隙間を作り出したんだろうよ。まあ其れだけでも凄いんだけどね。そして其の隙間を通して開いた『異世界』と交渉したんだろう。『阿頼耶識』と如何やって通じたのか解らないけど、何かしかの取引があったんじゃないかと思ってる。そして奴はあんな大量の幻想種や魔獣を受け取ったんだ。しまいには『阿頼耶の怪物』の概念を混沌に戻し自分の肉体として再構築してしまったよ。ビックリだね。彼は大変興味深い観測対象になれたのに、僕との運命は交わらなかったって事さ」 「あ〜〜。其れを聞いているだけで歯痒いです。シンジさん並に実験素材として優れているじゃないですか」 「実験?」 「え!? あはは。仕方ないでしょう。私をこんな風にしてしまったのはシンジさんなんですからね。私の『探求心』はシンジさんと云う本を知って底無しなんですよ。いつかシンジさんを解剖させてくださいね」 「――ま、いいけどね」 ハーマイオニーは完璧に『外れて』しまったな、とシンジは溜息を 「そうです。其れにアンバーさんから固定化させたシンジさんの血液を新たに送って欲しい、と云われていましたし」 「今日は月がキレイダネー」 聞き捨てならねぇ言葉がハーマイオニーから発せられたが、優しい月明かりを注いでくれる満月を観てシンジは現実逃避してみた。前回訪れた『世界』の割烹着の悪魔が口許を袖で隠してキュピーンと眼を光らしてニヤニヤと笑っているのを幻視した、気がする。 「既に代償として蛍光ピンクの液薬とスカイブルーの液薬を注射器とセットで貰ってしまいましたしねー。断れないんですよ」 頬に片手を添えてやれやれ、と困った表情をするハーマイオニーが、シンジには隣に居るのに何処か遠くに居る様に感じられた。 「ん? あれ? シンジさんは『世界』を渡って旅してるんですよね。如何してウ゛ォルデモートが観察対象になるんですか。もう到達している『神秘』じゃないですか」 「――否否そうでもないんだよ」 ハーマイオニーの際どい会話から『魔術師』らしい質問に変わって、シンジは自失から立ち直った。先程のはかなり触れたくない話題だったらしい。 「まず第一にね。僕の『世界旅行』は性質に因る能力なんだよ。魔術等の技術じゃない、性質なんだ。此の違いは大きく、僕でも論理立てて説明出来ない現象なんだよ。人がテレビの造りを知らないで使えるのと同じだね」 「性質――ですか。では魔術とは違うと」 「うん。けど魔術等の技術ならば違う。其れも他に使う者がいない『魔法』ならば、システムを構築するのに一から十まで必要になる。 「『魔法』『魔法』云っていますけど、『阿頼耶』との契約は如何なんですか」 「其れには興味が無い。此は僕の憶測で、数ある『世界』には当て嵌らないモノもあるだろうけど、『阿頼耶識』を『世界の管理者』の『中間管理職者』としている『世界』があると思うんだよね。契約 「――ん〜。以前に考察した結論が怖くて其の事象に触れたくない、と。つまり悪戯してるのが管理人さんにバレて怒られるのが厭なんですね」 「身も蓋もないけど、そゆこと。触らぬ神に祟りなしだよ」 「其れでも『魔術師』を名乗っているんですから『探求心』は如何したんですか」 「ふんっ。安全第一さ」 シンジはぷいっと横を向いた。反応が子供っぽいのは先程ハーマイオニーに云われた割烹着の悪魔の話題の所為だろう。 「子供みたいな事を」 「僕は永遠の14歳だよ」 「私10歳」 「はうっ。其れにしても10歳に思えねぇ」 シンジの言語が荒くなってきた。【ホグワーツ】の教壇に立っていたシンジを知る者は眼を疑うだろう。 「私、少女ですから」 「関係ねぇし。10歳に解剖予定の僕って――」 「優しくしますよ。メスで一文字にすうと 少女にしては艶のある妖しい微笑みを浮かべるハーマイオニーに、シンジは冷や汗が濁濁と背筋を流れるのを感じた。 「助けてハリー! ハーマイオニーの『外れ方』は僕より酷いや。イネスさんの再来だあ!」 「あ、ハリーも一緒にやると云ってましたよ」 「ギャフン。僕に救い無し!」 幼児退行したシンジと魔性のハーマイオニーの戯れは月光の下、終わりが見えなかった。 最終章 終わりと始まり 第二楽章 潜り行く闇 終幕 あとがき 久しぶりに『朱眼鮮血』の更新です。終章で滞っているのはいけない、と思い手を掛けました。前幕後幕では終わらないと思って、第終章一楽章書いてきます。 滞っている間に月姫作品を書いていたんですが、文章が変わったなぁと改めて確認しました。一章から終章前幕まで恥ずかしいです。いつか改訂したいですね。 思ったより話が延びていきました。収拾を付けてる最中です。 それと、魔法使いと魔法がハリポタ世界ので『魔術師』と『魔法使い』と魔術と『魔法』は序盤で説明した現代科学で出来るか出来ないかを線引きしたやつです。 其れにしても設定を好き勝手にしてるなー、と思ったり。理由付けが大変です。自分でさえ引いてしまう設定もあってビックリです。月姫をバカにしてんのかー! ってのもあります。 追伸 こんなシンジ君とハーマイオニーも私は大好きです(爆) それでは |