the incarnation of world
朱眼鮮血
最終章 終わりと始まり 第三楽章 人形劇
「かはっ」 壁に叩き突けられて、躰を駆け巡る痛みを無視してロンは立ち上がって状況を確認した。 ロンの眼の前では両腕で身を抱きしめて震えて倒れているハリーと右腕が弾け飛んで血を 此の惨状の原因はロックハートが折れた杖で魔法を行使した事である。ロックハートが何の魔法を行使しようとしたかロンには解らないが、折れた杖と云う魔法を扱う上で根底から魔導式を組み替えないとならないのに、其のままの手順で行使しようとしたロックハートが『呪詛返し』を受け、魔法が暴発した事は判った。 ロンは魔術回路が少なくても良い錬金術師としての魔術。『分割思考』と『高速思考』を《『バロールの幻蛇』の効率的な殲滅法》と《シンジとハーマイオニーの現在》、《ウ゛ォルデモートの『古の魔法使い』としてのポテンシャル等の考察》に意識要領を 少し前に行った《現状》の『予測』では、『バロールの幻蛇』の眷族が奇襲して来ても第一陣を避けられる確率は高い。洞窟の罠に掛からない確率は高い。ロックハートが現状に堪えかねて肉弾戦を仕掛けて来ても倒せる確率は高い。ロックハートが魔法行使をしない確率は高い。だから。 《現状》を意識から外したのだが、ロックハートは魔法行使をしたのだ。 信じられない事だ。魔導式を編まずに魔力を増幅するだけで出来る発光現象ではなく、『世界』に在る魔導法則に従って複雑な魔導式を要する魔法を折れた杖で行おうとしたのだ。 そんな悪戯好きの子供でもやらない事をしたのである。 魔法は精巧で複雑で危険な『神秘』だ。一カ所でも魔導式が間違っていたら『呪詛返し』を受ける。其れなのに何時も通りに魔導式を組み上げて魔法を放ったロックハートの行動は常軌を逸していた。しかも何の因果か魔法による事象が『世界』に成立してしまったのだ。 普通は不発に終わる筈なのに魔法が魔法として『世界』に影響を与えてしまったのだ。 顕現した緑の魔法陣から放たれた閃光はロックハートに ――ハリーが代わりに閃光を浴びた。 「ハリー!! ハリー!!」 ハリーに駆け寄りロンの悲痛な叫びが洞窟内に響き渡った。 顕現した魔法が引き起こした事象は暴発した為にどんな結果を起こすか解らない。 しかし。 一つ云える事がある。『古の魔法使い』たちが魔導法則を模索して行った試験的な魔法はどんな事象を引き起こした。失敗の末路は。其れは――。 ――『世界』に狂いを顕現させた。 「ハリー!! ハリー!!」 ――何をしているロナルド・ウィーズリー。君が出来る事は限られているだろう。何時まで取り乱している気だい。 ガツン、と頭を自分にハンマーで殴られた様だ。常備型潜伏魔術によって記された自らの在り方が、此の情けない自分を否定する。 「――そう、だ」 ロンは呼吸を整え、びっしょりと冷たい汗を噴き出すハリーを『観測』し最良の『予測』をし最高の『結果』を模索する。 既にロンの眼にはロックハートは映っていなかった。奴は死に体となっている。 シンジに刻まれた海の様な知識の本から引き出せ、 今までに築いてきたロナルドの知識は役に立つか、 脳髄が焼き切れても眼の前の大切な人を守る為に、 ――自分の 「――チクショウ!」 どの様な知識も、 どの様な経験も、 どの様な思考も、 ロンには納得出来るモノが引き出せなかった。 「が、ああっ! 痛ぇ! ――まだだ。検索しろ。予測し、結果を引き出せ!」 キリキリ、と耳から針金を突き込まれて脳髄を掻き乱される痛みがする。 人の身が本来扱う用に出来ていない魔術と云う事象が、ロンの躰をぐちゃぐちゃに痛めつける。 しかしロンには何が出来る? 其の身が刻んだ力は知識と予測しかないじゃないか。ならばする事は一つ。 凡ての事象を想定し! 凡ての事象を予測し! 最高の結果を考えろ! ロンの脳髄に普段扱う量を超えた魔力が注がれる。貯蔵魔力が空っぽになるまで、6つの思考する部屋がある脳髄で、46656通りの事象を予測し、納得出来ないのならば再び46656通りの事象を予測しろ! 「かあっ! ああああああ!!」 痛い痛い痛い。熱い熱い熱い。脳髄だけでなくて躰中が 痛い/熱い。躰にある僅かな魔力回路で魔力を精製し、底がつくまで精製する。 魔力とは毒だ。人は実際、魔力を扱う用には出来ていない。後天的に備えた人の種が身につけた技術、其れが魔術だ。人が行えない様な『神秘』を無理矢理引き起こす為に魔術は痛みを伴う。其の魔術に必要な魔力もまた、毒なのだ。 「ヒァ! ァァァ!」 ロンの呼吸がおかしくなりだした。『分割思考』も『高速思考』も魔術の一つだ。少ない魔力で起こせる、内界に、つまり脳内だけで作用する単純な魔術。幾多通りの考えを早く計算する。ただただ其れだけの魔術。 しかし。 其の計算力で200年500年1000年先の事まで『予測』出来る錬金術師も存在するのもまた事実。 繰り返し繰り返し魔導式を編み上げ魔術回路に魔力を通す。が、此のままでは突破する。突破した行き先は死だ。耐えられなくなった神経が一本、一本、悲鳴をあげながらプツリプツリと切れてゆく。 ピキン、と脳髄で何かが弾けた。そして。 何か大切なモノと引き替えに、一つの最良の『予測』された最高の『結果』が導き出された。 ――此れなら、ハリーを救える。 既に喉咽の声帯は潰れた。左腕も麻痺した様に感覚がない。右足も力が入らなくなってきている。――過ぎた魔術は身を滅ぼす。神経に傷を負ったロンは此の先の『バロールの幻蛇』の処まで進めないだろう。 だが。 ハリーを救う手段が見つかった。『魔術師』としてのポテンシャルが小さいロンの身でも癒せる手段が見つかった。此の壊れた躰でもハリーを治せる。 ――と。 ふるえた。其の時。 ロンの背中が。 ぶるりと ガツン、と突如ロンは両膝に痛みを感じた。プツン、と糸が切れた人形の如く冷たい岩場にロンの躰が倒れたのだ。冷たい岩が頬を撫でる。 ――何、だ。限界なのか。ふざけるな! 死ぬのはハリーの治療を施してから滅びろ! 立てよ。立てよ! 俺の躰!! ロンの意識とは シンジが施した本人すら知らされていなかった潜伏魔術が、ロンの脳髄に顕現した! 「――な、何だって」 其の発動した魔術にロンは肝が冷えた。躰は癒えた。ロンの魔術行使に因る躰の損傷は癒えたが、全く動かなかった。 信じられない。否。信じたくない。其の魔術が発動する条件も、魔術によって展開された脳髄に刻まれていた知識の本も。何もかもが信じたくない。躰が治ったのは些細な事だ。其れよりも。 「そんなのありかよ、シンジさん。 ロンの悲痛な叫びが、洞窟内に響き渡った。 優しい光を 「潜伏魔術」 「そう。条件が満ちれば発現する呪いみたいな魔術だよ」 少女の冷たい声に、少年は淡々と答えた。 「其れをロンに施していたんですか。如何して。否、そんな事よりも其れが発動したって如何いう事何ですか。シンジさん!」 少女は鋭く眼を細めてシンジを睨んだ。栗色のウェーブがかった髪が風に煽られ揺れた。否。風等吹いていない。自然に起こる現象でさえ、少女の怒りの下に 「ハリーの運命を改変する為だよ。ハーマイオニー」 シンジはぽつりと答えた。 「運命?」 「そう。幼い、 「そんな!? 其の為にハリーは今死にそうで、ハリーを助けようとしたロンも死にそうなんですよ。しかも魔術の発動条件がロンがハリーを救う手段を思考しきった時だなんて、余りにも酷すぎます。運命も何も、二人が死んで好いんですか!?」 「違う!! そんな事はない。そんな事ある筈ないじゃないか!!!」 シンジは大きく腕を振り切って真摯な視線でハーマイオニーを見つめ返した。 「じゃあ如何して!? ハリーは生死を彷徨って、ロンは躰を ハーマイオニーは小さな両 「今、ハリーは誰にも邪魔されちゃいけないんだ。リンだってハリーに付いて行こうとするのを僕が『禁じられた森』へ行く時に連れ戻して止めた。 僕が『予測』したハリーが紅い赤い朱い記憶を思い出す今此の刻を、 僕が『予測』したハリーに初めて会ってから七日目の日に導き出した『結果』を、 顕現させるのは今此の時、此の状況、此の月の刻ではないといけないんだよ!!」 「そんな。そんな前からの『予測』が」 「『世界の管理者』たる僕が学んだ【アトラス院】の秘技の『予測』は外れない。外さない様に 「私――にも」 シンジの強い眼光を受け、ハーマイオニーの瞳が揺れた。 「そうだ。君にもあの状態になったハリーに干渉しようするならば、直ぐにでも躰も魔力も奪う魔術が発動する。正直君とロンは代えのきく駒だったんだ。『人形である碇シンジが操る駒とし、目的のゲームをクリアする為の道具』に過ぎないだけなんだよ。僕は、『僕は人形劇を作って自ら演じるしか自分の居場所を作れない』んだ」 『制約』を外された『世界』を管理する義務がなくなった『 これが千を越える年を過ぎた人形が得た――悲しき存在理由。 「何で、泣いてるんですか」 ハーマイオニーにもシンジが施した手段なら、最良の『予測』で最高の『結果』なんだと思う。其れだけの時間は過ごしてきたつもりだ。眼の前の少年は、自分たちの為に何時も笑って手伝ってくれた。 けれど。 如何してそんな悲しい事を口にするのか。 如何してそんな悲しい想いをしてるのか。 如何してそんな悲しい心をしているのか。 「泣いてない。僕の躰の反射は、僕がそう命令し実行しない限り働かない。涙も何もかもを僕が創らない限り流れない」 慥かにシンジは涙を流していない。涙はおろか、貌の表情は消え去り、人形の、陶磁器の様な綺麗な人形の面だ。 「泣いてますよ。心が泣いてます」 ハーマイオニーはさっきまでの怒りを消え去って悲しい思いに捕らわれた。身近に居る人がなんて悲しい人だったんだ。 「僕の心は作りモノだ。泣くはずがない。感情も、思考も、存在さえ壊れたオモチャだ。プログラムされた通りに動く人形。綾波とカヲル君が創った失敗作が僕なんだ」 人形は感情がない。 人形は思考しない。 人形は存在だけだ。 ただただ在るだけを運命付けられた悲しき存在。 「悲しい事、云わないで下さい。貴方は貴方です。ハリーの先生でロンの師匠で、私の」 私の大切な人です、とハーマイオニーは云った。 ハーマイオニーが持つ想いは淡い淡い恋心。誰しもが経験する優しい初恋。ただ想うだけで、決して叶う事がないと云われる初恋。其れも本当に恋なのかは自分でも判らない。 けれど。 貴方と供に居たい、と。貴方と居ると幸せな、其れだけは 「――ッ。僕は人形だ。今僕が告白している事は潜伏魔術に含まれている。ロンには知識として伝わった。ハリーには朱い記憶が戻った時に魔術が発動する。ハーマイオニー、君には言葉で伝えているから魔術が発動する事はない。君たちは僕の『目的』の為の道具に過ぎない」 シンジは能面で云い切った。 「本当にそうですか? 本当にそう想っているんですか?」 ハーマイオニーは 「私たちが、私がシンジさんの道具でも構いません。けれど、シンジさんは人形じゃありません。 「――知らない」 シンジは冷たく言い放った。 「其れは、人形が愛されているからです。愛されているから、周りの人は人形が如何思っているか夢想し、其の夢は人形の想いになるんです」 ハーマイオニーの髪がさらさらと風に煽られ揺れている。大輪の花の様に咲く月が大きな木の下にいる少年と少女に優しい 「そして、生まれが人形であっても、生きているものとそうでないものには決定的な差があるから」 ピクリ、とハーマイオニーの言葉にシンジの肩が揺れた。 「自らの意志を持って前に進んでいける事。其の為に闘う事を恐れない。其れは生き様とする力――」 ――あ、ああ、あ、ああああ。 シンジは心臓がぎゅっ、と締め付けられた。何の偶然か、ハーマイオニーが云った言葉は、ある女神が人形のシンジに与えてくれた。シンジの根本にある支えの一つ。なんでハーマイオニーが知っているか知らない。シンジは教えた覚えはない。 そう。 其れはハーマイオニーが生み出して紡いだ。ハーマイオニーが謳う詩。優しい月明かりと相まって、シンジの心へと届く優しい詩。 「其れがあるシンジさんは――生きているです」 詩は最後まで謳われた。シンジの心を掻き乱す神聖なる聖句。 眼の前の少女を、慕ってくれる少年たちを、駒として見ていると信じていたシンジを崩す力ある言葉。 神聖なる、神聖なる力ある聖句。 「――ぁ、ぁぁ」 シンジから嗚咽が漏れる。 シンジから涙が流れてる。 心が勝手に体躯を動かす。 膝を地にパタン、と付けてシンジは涙を流していた。腰に力が入らず、正座してしまった。視界には少女と蒼い月が見える。シンジは無表情のままにすぅ、と涙を流していた。嗚咽も僅かに喉咽を振るわせて、震える心が言の葉を零していた。 ハーマイオニーはシンジを両腕を回して躰全体で優しく包み込んだ。 泣きじゃくる子供を。 何時も真っ直ぐで正しい男の子を。 何時も自分たちを想ってくれている少年を。 色色な事を教えてくれる先生で師匠で兄である青年を。 何時までも悪戯好きな子供の様で大きくて優しく包んでくれる小父を。 遠き日に忘れた大切な宝物を遠くから眺めているだけで満足してしまっている爺やを。 生まれて初めて恋をした幼い少女が、今まで密かに仕舞っていた淡い淡い恋心を伝えた大切な人を。 優しく優しく、抱きしめた。 最終章 終わりと始まり 第三楽章 人形劇 終幕 あとがき 前章と全く違う様なお話で作者もビックリです。 前半はロンが主役のヒーローもの。後半は恋愛もの? ん〜なんか違うな。――設定公開の場!(爆) まあそうですね。シンジ君に関する秘密を打ち明けてしまいました。こんなシンジ君は他に居ませんよね? 被っていたら悪いですし、私がガッカリします(爆死) 二番煎じになってしまいますからね。けれどエウ゛ァSS界は広いからなぁ。 ちなみにFateから影響を受けまくってます。まあ前前回の様な物ではないですし、私的には許容範囲内です。 にしても全てがシンジ君の手の中に、じゃあ嫌悪感を持つ人が多数居ると思う状況ですが、彼は頑張ってますから許して下さい。 逆行物でも未来を知って弄くり回してますし、其れが『予測』に変わっただけです。 よくある逆行物の様にキャラを殺すのではなく、他のキャラがちゃんと活きていていますしね。 此で、終章で活躍していないのはハリーだけですね。『ハリポタ世界』で主人公の筈なのに(笑) 其れにしても此は本当にエウ゛ァSSなのだろうか。まあ世界が世界だし、クロスオーバー好きの霞守の所為と言うことで。 それでは |