正義の味方が行き着いた英霊の座、守護者








 英霊エミヤとなりて私はこの世界に顕現する――。
 ――そう、人がつくりし地獄の世界に。

 狂気、狂喜、狂暴、熱狂、
 風狂、粋狂、頓狂、酔狂、
 躁狂、狂乱、陽狂、物狂。

 クルった奴がクルった目的でクルった事象をクルいながらクル狂くる狂狂クル と世界に狂いを顕現させる。私はその断罪者。

 私の理想は手の届く者たち全てを救い、正義の味方となり、いつの日にか見た あの笑顔を私も浮かべられるようになることである。しかし。
 私が顕れる世界は理想を叶えさせてはくれなかった。狂った世界をつくりだし 、人類の終局を導き出すのを防ぐのが私の守護者としての役目。そこには救いは なく希望はなく正義はなく、地獄がある。

 私が世界に顕れるところには正義なんてなかった。私なんてなかった。ただた だ行為として全てを掃すことしか、役目を与えられていなかったのだ。

 泣き叫ぶ子供、嗤う大人、無心の少年、死んだ少女、操られた男、壊れた女。
 救えた人は数知れず、救えぬ人は数知れず。助けた人に貶されて、助からぬ人 に恨まれて。私の後ろには剣が墓標として大地に突き刺さって行く。

 理不尽な死を眼の前で見せられ、
 助けてくれと虚言を用いる愚か者まで居り、
 掃除屋として泣いてる子供さえも此の手に掛けるしかなく、
 黒白の夫婦剣を振るい続ける事しか出来ない自分がなんとも哀れな存在か。

 衛宮士郎が望んだ理想は幸せなのだろうか、不幸なのだろうか、と生前は考え た事がない事に迫られる。

 周りの人たちが笑って居る中に私も混ざっていたら、本当に幸せだった。何時 からこんな風になったのだろうか、間違ったのは何時か、正しい事は何なのか。

 ふん。閉じよ閉じよ閉じよ。思考を停止せよ。所詮己は掃除屋だ――。

 私の理想は、願いは――。























 夜の帳が下りた中、一室に莫大な第五架空要素によって、赤い外套に引き締ま った躰、銀色の髪の青年が顕現した。

「荒耶さんの云う通りですね。貴方が『人類側の抑止力』、ですか」

 凛とした声音が部屋に響いた。木造の出窓に少女が腰掛けている。明かりがな い暗い部屋の中、窓の奥に輝く金色の月を背負ってちょこんと座っている。少女 の容貌はは17、8の小娘にも見えるが、27、8の艶ある年増にも見える。

「貴様が今回の対象か」

 感情を棄て、意味のない問いを発す。殺す事しか守護者に出来る事はない。

「はい。『占い師』の中禅寺まどかと申し上げます、掃除屋さん。如何やら私の 存在が『人類』にとって邪魔なようですね。まあ良いです。占いでも凶の卦が出 ていましたからね。どうですか、私の冥土の土産として貴方を占ってあげましょ うか」

 ふん、とエミヤは鼻を鳴らした。

「抵抗をしないのだな、魔術師よ」

「はい。私にはただ話す事しか出来ません。殺す殺されるのは専門外なんです」

 占い、か。桜が読んでいた雑誌によく載っていたな。英霊としての私の願いは 英霊となる前の衛宮士郎を殺す事、其れが如何なるか占うのも一興か。

 私は近くにあった椅子に座った。きい、と軋む。

「興が乗った。貴様の占いとやらで亡霊である私の未来を予知でもしてみるのか 」

 ふいに少女は眉を顰めた。

「占いと未来予知は違います。と云うよりも全くの別物であり、未来予測よりも 言葉としてふさわしくありません。予知を目指すなら限りなく近い予測をアトラ スの錬金術師にでもしてもらいなさい。完全なる予知など未来視の魔眼でも出来 ません」

「占いは予知や予測とは違うのか」

「ええ。日本に於いて占いと云う字は、ボクと口と云う漢字から成り立っていま す」

 ボクと聞いて私が卜の字を思い起こしたのは少女の話が次に進んだ後だった。

「卜は獣骨や亀甲を焼いた時に出来る亀裂を表した象形文字です。亀卜はご存じ ですか」

「――ああ」

「加熱した亀の甲羅に発生する罅割れ等から物事の吉凶を見定める事を卜と云う のです。此に口がついたものが占です。つまり卜の結果を語る事を占うというの です」

「少し待て」

 私は口を挟んだ。

「占うという文字の本来は了解した。しかし、其れにしても亀の甲羅に割れ具合 で何か先の事を判断する訳だろう。罅の入り具合というのは、例えば気温や湿度 だとか、熱の加え方だとか、――亀の状態なんかで左右される訳だ」

 そうでしょうねと少女はあっさり答えた。

「ならば其れは偶然そうなる訳であって、神秘はないだろう」

「偶然そうなる事こそ神秘なのです」

「如何云う事だ」

「神秘とは神の秘密と書くのです。つまり何故そうなるのか判らない事柄のこと であり、事象自体は別に不思議な事ではありません。アトラス院の方なら予測す る事も出来ます」

「偶然は――神秘な訳か」

「厳密に偶然を定義する事は出来ませんでしょう。どのような事象にも必ずそう なるだけの理由があるのです。ただ今、貴方が仰った様に、亀の甲羅に罅が(かたどられるにも様々な要因があるのです。其れ等が 相互に作用しあい、複雑な経過(プロセスを経 て罅は出来上がっております。其れが出来上がるまでには微細で微妙な条件が数 え切れない程ある訳でございます。私達は、其の凡てを視野に入れて考えること が出来ないだけです。(すべての条件を把握 して事象を読み取る事は人間には出来ません。アトラス院の錬金術師も予測する 為の材料がなければ無理です。其れが出来れば計算で凡てが判るはずなのです。 其れは予測ではなく、正確な未来予知となるでしょう。違いますか」

「違わないだろうな。其れは未来予知だ」

「でも其れは、此だけの性能の良い計算機が普及した現代、日々研鑽される魔術 に於いても、出来ない事なのではないのですか」

 其れも其の通りだと私は答えた。

「ですから――人は其の事象を偶然と云う概念に押し込める事で遣り過ごしてい るのでしょう。しかし、亀の甲羅に熱を加えれれば割れると云う現象は、不可思 議な事ではありません」

「そうだな。ただの物理現象だ」

「卜占の場合は偶然と逃げないだけです。其れがそうなる事自体を神の意志と云 う表現で伝えているだけです。非常識な事が起きる事を容認している訳ではあり ませんし、別段非科学的な考え方でもないと思うのです」

「云い方の問題な訳か」

「捉え方の問題です」

 私は暫し考えた。

「君が云う神の意志とは」

「明確な神はいません。信仰によって英霊には神性を持つ方や神祖等と呼ばれる 方方がいますが、個として形として成ったモノは神ではないのです。神の子と呼 ばれるキリストも現界したならば教会の神父と差程変わりませんし、聖堂教会の 信仰によって神として座についた者が現界し降り立ったらば、教会の者たちは神 の名を驕る異端者として処理するでしょう。神は形を持ってはいけないのです。 偶像を崇める事はあっても現実に現れては迷惑です。信仰は心の内で行われるも のなのですから。故に神はいません」

「ああ、良い、神は解った。君の本分は神よりも占いだろう」

 解りましたと少女は短く云った。

「解ったとは――」

「宜しいでしょうか。其の机の上――」

 少女がすうと指を立て、私の隣にある古めかしい机があった。

「――其処に置いてある筆記用具が落下したとします」

「此が?」

 羽ペンが一本置いてあった。

「はい。其れが下に落ちたとして、其れは( い事でしょうか(わるい事でしょうか」

「良い事?」

 そんな事は判断出来ない。判断出来ないと云うよりもどちらでもない。

「其れは――まあ、強いて云うなら悪い事か」

 拾う手間が掛かる。其れでもせいぜい其の程度の事だ。しかしたとえ僅かであ ろうとも労力が掛かる事は間違いない。私はそう云った。

「でも、例えば其れを拾う為に身を屈めた際に、机の下に落ちていた捜し物を発 見したら如何でしょう」

「其れはまあ――良い事か」

 そうですね、と少女は云った。

「しかし失せ物を見つけた事とペンの落下に因果関係はありません」

「其れはまあ――ないだろうな。其れは偶然――否」

 先程、偶然と逃げないんだとか云っていた。

「では其の、無関係な事象に因果関係を生じさせる事が、占いか」

「ちょっと違います」

 少女はあっさりと否定した。

「其れは、占いを通じて結果的に因果関係を持っている様に受け取る事が可能に なると云うだけの事で、矢張り其の二つの事象の間に関係はないと考えるのが正 しいのでしょう。物事はただ起きるだけ。本来善いも悪いもないのです。善し悪 しと云うのは、要するに価値判断です。其れを判断するのが人間です」

 其れはそうだろう。同じ事象に対して正反対の判断が下されることもある。

「極端な例を挙げるなら――そう、人が死んだとします。社会通念上、此はどの ようなケースであれ負の出来事として捉えられるべきでしょう。しかし其の人が 亡くなった事で何かが大きく変わり、社会が非常に円滑に機能するようになった とします。すると其れは結果的に正の出来事として捉えられる事になります」

 私の躰はびくりと震えた。十の者を救う為に一を殺す、百の者を救う為に十を 殺す。其れが生前死後変わらぬ私の役目だ。しかし其れは本当に正の出来事とし て捉えられるのだろうか。否、私は周囲に断罪され、私自信も後悔している。け れど今は関係ない。話に耳を傾けよう。

「其れが何だ」

「其処が肝心です」

 少女は切り揃えた前髪の下の黒い瞳で私を見据えた。

「占いと云うのは、此から何が起きるか予測する事ではありません。未来に何が 起きるのか、其れは誰にも判りはしない事なのです。占いは、いま起きている事 、其れから此から起きるだろう事を、如何受け止めるべきか判断するものです」

「判断――」

 最初に申し上げましたでしょうと少女は云う。

「卜とは、吉凶を見定めるものだと。未来に何が起きるか知らせる――予知する 事ではないのです。現在の状況、其れから此から起きる事を如何受け止めるべき か、其れを告げるのが占いです。本来、物事は正でも負でもないのですから、如 何受け取ろうと構わないものでしょう。其れだけに人は迷う。だからこそ、正負 のラベリングをする――其れが占いです」

 少女は壁に寄りかかった。長い漆黒の髪がさらりと揺れる。



 ――本来、物事は正でも負でもない、か。



 其の言葉は私の根本を揺るがした。其れを肯定するならば、人が生きて行く世 の中に意味はないと云う事ではないのか。否、だからこそ人は其れ其れに価値を 見いだすのか。少女の占い師と云う人種は其れを後押しする者たち。正負を判断 する人間を助ける行為か。

「其れと実は、私の事を占った後に、私の凶事を引き起こす対象を占っていたん ですよ。結果を云いますね」

「――ん。ああ」

(よしの卦が出ていました。私は凶なのに 如何して貴方が祥なのでしょうね。まあ別に如何でも良いですか」

「其れは――君から聞いた話に依るなら、私の現在の状況、其れから此から私の 身に起こる事は、良い事だと判断するべきだ、と云う事になるのか」

「自分で自身を救う事になる、と」

「根拠は、聞くべきではないのだろうな」

「お教えしないのが基本です。オカルトは隠すと云う意味です。『此方側』なら ば当然でしょう。其れにしても貴方方に時間と云う概念はなかったと思うので此 の占いが意味を持つかは曖昧ですけどね」

「ああ、でも如何して私に其の事を話してくれたんだ」

 少女は暫し沈黙し、口を開く。

「錬金術師が魔術師の一つである様に占い師も魔術師の一つです。其処に時計塔 の魔術師達とは違う系統の言葉の呪を用いた『祝い』と『呪い』があるんですよ 。最後に呪うのではなく、祝って死のうかなと思いまして。きっと私の存在が人 類にとって邪魔になったのは私の『呪い』の強さに依るのでしょうね。魔力を通 わずとも近代機器を用いて世界中の人を容易く呪えてしまうから。はぁまったく 、疑わしきは罰せよなんて酷いですね」

 対象を殺す為に捨てた筈の感情が何時の間にか甦っており、話に引き込まれて しまっていた。心の剣の切っ先が振れる。此の少女を殺すのを躊躇ってしまって いる。
 しかし。
 此さえも少女の思惑通りならばどれ程恐ろしい事か。英霊である私でも、否、 思考出来る者凡てに対して影響を与えられるのではないか。

 話す事しか出来ず、しかし其の言葉は世界を制せる妖しき言葉。占い師中禅寺 まどか。

「君はもしかして、私を制する言葉もあったのではないか」

「如何でしょうね。英霊に効くか判らないし、私のは統一言語よりも使い勝手が 悪いですから。けれどももう如何でも良いです。良いキッカケになりましたよ。 さくっと殺しちゃってくださいな」

 ああ、と私は応えた。

 少女は座ったまま足をぱたぱたとして、ふふと微笑みを浮かべた。

 私には此の少女が何を考えているのかがよく解らない。けれど私は守護者、掃 除屋、やる事は――殺す事。

 黒白の夫婦剣を投影した。すらりと伸びる対の剣。

 一歩、一歩、一歩ずつ近づく。少女は微笑ったままでいる。

 くるりと少女は半回転して私に背を向け、膝を抱えて窓の奥の月を見上げた。 暫し沈黙。

「ああ、月が綺麗ですね」

 少女は首を傾げた。さらりと髪が揺れる。

 瞬間、私は自の躊躇いも憂いも悲観も殺し、少女を痛みも知覚も思いもなく殺 した。

 僅かに見え、聞こえた涙と嗚咽は忘れない。此は私が正義の味方を目指した罪 なのだから、此の身に殺した少女を刻み、次の世界の召還に応じよう。



 此は、英霊エミヤがサーヴァントとして喚ばれる以前の物語。







第一章 揺さぶるは言霊使い 終幕









あとがき


 何となくアーチャーの守護者としての役目の話を書きたかったんです。初めは ダークな殺し殺されるの物語を構想したのですが、プロット立てている時に大幅 変更。占いに関してはネタ帳から引っ張りました。此の話はエミヤがエミヤにな る過程の話の一つとして幾分優しい部類に入る物語だったと思います。

 其れと微妙にクロス作品だったりもします。

 それでは。


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