死せるもの

第六章 自由








「――はぁ」

「どうしたのですか? 聖上」

 ハクオロは戦の事故処理に依って溜まった書簡に埋もれる書斎で、事務処理をこなす手を止め三度目の溜息を(いた。

 其の、まるで一國が滅びたような深い溜息を吐くハクオロを見て、侍大将であり、ハクオロの仕事を隣で手伝うベナウィは気になってついに尋(いてみた。

「いやな。志貴とアルクェイドが【クンネカムン】に行ったことが心配で、ちょっとな」

 一週間前に志貴とアルクェイドは【クンネカムン國】の女皇であるクーヤとの密会の場に現れたのである。
 アルクェイドに運ばれて酔った志貴の青白い貌は印象的であったが、アルクェイドとクーヤが楽しそうに話していたのが、一番印象が強かった。

 会話の中にあったアルクェイドの【クンネカムン】へ行ってもいい? と云うクーヤへの問答があったのだが、ウォプタル(うまを用いて二週間程も掛かる道のりをアルクェイドが行くとは思えず、ハクオロはあまり本気にはしていなかったのだ。
 だが。
 今朝に義娘であるアルルゥよりアルクェイドからクーヤに会ってくるね、と云われたと聞き、目を丸くして驚いた。確認を取ると志貴も部屋に居ず、アルクェイドに攫われた様だった。

 ちなみにアルクェイドがクーヤに初めて会った翌日に、エルルゥとアルルゥはハクオロが誰と会っていたかを聞いて、クーヤについて知ったのだ。幼女に会っていたと知った時、心配させといて女と会っていたなんて! というエルルゥの乙女心に因る私刑は別のお話。

(たしかに他種族を恐れるが故に、受け付けない閉鎖国家である【クンネカムン國】へ行った二人を心配するのは当然ですが、彼ら程の『力』を持つ者です。何も心配はないでしょう」

「そうじゃないんだ。何かしでかして【クンネカムン】でアルクェイドが爆発しないかと思ってな」

 ハクオロは肩を竦めてそう云った。

 アルクェイドは純真無垢、天真爛漫、天衣無縫な女性である。【トゥスクル國】では問題ないが、【クンネカムン國】でも礼儀にそぐわぬ行いをするだろう。其れも女皇であるクーヤに会いに行ったのだ。アポ無しで礼儀知らずならば、【クンネカムン國】の老中達がアルクェイドを咎めるのは眼に見えている。

 【トゥスクル國】に属するアルクェイドが問題を起こせば国際問題になる。比較的不干渉の立場を執っている【クンネカムン國】とて黙ってはいないだろう。クーヤが問題ない、と云って、皇として威厳ある態度を執ろうとも、未だ幼いクーヤはお飾りに過ぎず、実質老中達に依って【クンネカムン國】は成り立っているのである。象徴であるクーヤに対して、一國の皇と他國の遣いと云うスタンスをとらないアルクェイドは目障りになろう。

 其の行為に因って、無礼者! 牢屋に入れておけ! とか云う者は居そうだ。否、絶対居る。アルクェイドの無垢な質問が臣下の者へ向かったならば、其れはもう、だめだめである。
 そして。
 アルクェイドは刀で斬りかかっても槍で穿っても、チクチクと痒いなあ、とぐらいしか通じない。耐性が付いてない『神秘』で抉らねば、魔力で覆われたアルクェイドを痛められないのだ。其の上、核ミサイルが落ちた方がましだ、と志貴たちの『世界』で云われている『バケモノ』である。

 其のアルクェイドが『うっとおしい』で邪魔する者を薙払ってでもしたら、兵士をクビリ殺しでもしたら、しまいには國を滅ぼしでもしたらと思うとハクオロは気が気でない。戦場でのアルクェイドの活躍は記憶に新しい。

 安全装置(志貴が居るには居るが、アルクェイドに危険が迫ったならば加勢するかもしれない。そうなれば鬼に金棒。アルクェイドに歯止め無し。人の種では勝てぬ『バケモノ』だ。

 終わった後にクーヤを連れて来ちゃったー、と笑顔で云われたら――胃が痛い。大丈夫だろうか。
 連れてきた理由(わけは、お飾りじゃ可哀想だとか云う論理武装をされそうである。

「其れを防ぐ為の志貴殿でしょう」

「押さえきれると思うか」

「――信じましょう。其れしか私たちには出来ません」

「「――はぁ」」

 ハクオロとベナウィの溜息が揃った。

 エルルゥに胃薬を調合して貰った方が良い様だ。

 澄み渡る蒼空の日、激務に追われる一室でのヒトコマであった。























 一人の少女が数本の書簡を抱えて石造りの回廊を歩いている。

 鴉の濡れ羽の如く艶のある蒼みががった腰まで届く長い髪。髪の隙間から伸びた兎耳。くりくりとした丸い瞳。すっ、と控えめな鼻。薄桜色の口唇はきゅ、と締めたいのに、時折堪えられなくなり、ふにぁ、と和らいでいた。

 此の場所は石造りの【クンネカムン國:皇城】のクーヤが居る仕事場へ続く回廊。此の少女の名はサクヤ。ハクオロとクーヤの密会の場に居たゲンジマルの孫にして、クーヤの友人であり、皇の重圧に苦しむクーヤに『サクヤだけが心を許せる相手だ』と云わせた御世話付きの少女である。

 サクヤが持っている書簡は文官が纏めた案である。形だけとは云え、皇の判子を必要とする物なのだ。政に詳しくなく、未だ勤勉を要するクーヤは國内を纏める力がない。しかし、皇の承認の印が必要な物はたくさんあるのである。



司書絵 双葉さん

 コツ、コツ、コツ。



 サクヤは自分以外の(あしおとがする事に気付き、ふと振り返った。

 黒瞳で蒼羽織に白単衣に黒袴で貌に二つの丸い装飾品を掛けて、平凡そうな貌は船酔いの様に青白くなっている青年と朱瞳で白襦袢に朱袴で絹糸の様な金髪の絶世の美女が歩いて来た。

 サクヤは両手で抱えていた書簡を片手で持ち直し、指を口唇に添えてコテンと小首を傾げ思考を巡らした。
 こんな格好の者を【クンネカムン國】では見た事はない。青年は平凡だが、女性の容貌は噂として皇城に入って来ても怪訝(おかしくないものである。あれ。何処かで聞いた事がある格好で容姿の者たちだ。何処だったろうか。



 ――クーヤ様から聞いた【トゥスクル】の人だ。



 ぽんっ、と浮いた記憶にコクコクと頷いて確認していると、二人が近くまで来ていた。

「あ、あの志貴様とアルクェイド様ですか?」

 サクヤの問いに志貴とアルクェイドは一度貌を見合わせて、志貴が応える。

「そうだよ。君は?」

「私、クーヤ様付きの御世話係をさせて貰っているサクヤと云います。クーヤ様から志貴様とアルクェイド様の事を伺っていたのですが、どうして此方に? 一応入れない事になってるんですが」

「クーヤと遊ぶ為に来たんだよ」

 アルクェイドが答え、其の言葉にサクヤはくりくりとした眼を更に丸くして、――柔らかい表情になった。優しげな微笑みである。

「遊びに――ですか」

「うん。クーヤと話してる時【クンネカムン】での仕事がつまんないって云っていたから」

 サクヤは正直嬉しかった。皇であるクーヤが対等に仲善くなれる者は同じく皇であるハクオロしか居なかったのだが、最近はクーヤが新たに志貴とアルクェイドの事を(く会話に出していたのだった。皇としての重荷を背負わされるクーヤが、あんなに楽しげに人の事を話すのはハクオロ以外に居なかった。其れが増えたのは本当に嬉しかった。
 其れにしても。
 『遊びに』が理由では老中達には如何説明すれば良いだろうか。クーヤより【トゥスクル國】から遣いが来るとは聞いていなかったので、真実(ほんとうに遊びに来たのだろう。無碍(むげに帰す事は出来ない。侵入者と(いえどもクーヤの友人だ。其れにクーヤから聞いた処、此の二人はなかなかの非常識っぷりだそうだ。他國にふらりとやって来ても怪訝(おかしくない印象を受けていた。



 ――おじいちゃんに頼めば何とかなるかな。



 深い考えは無いのだが、サクヤの祖父であるゲンジマルに公的文章を作成して貰えば如何にかなるかもしれない。
 ゲンジマルは戦に(ける『エヴェンクルガ族』であり、異種族であり(ながら先代皇の時代から大老を務める者だ。其の地位は老中を統括し、皇の補佐をする位である。クーヤを第一に考え、守護する者でもある。

「それとアルクェイド様じゃなくてアルクェイドって呼んで、サクヤ」

「俺も様付けは要らないから」

 主の友人なので尊称を付けた方が良いのだが、相手がそう云っているので、サクヤはコクリと首肯(うなずいた。

「――はい。判りました。アルクェイドさん、志貴さん。ではクーヤ様の処へ案内しますね。私も行く処でしたから」

 如何やって此処まで来たんだー、とか、衛士に見つかったら如何するつもりなんだー、とか、同じ女性として羨ましい容姿と肢体だー神様のイジワルー、とか、様様云いたい事はあるが、サクヤは二人を心から歓迎した。

 サクヤは(きびす返して石造りの回廊を進む。志貴とアルクェイドはサクヤに続いて歩き出した。



 【クンネカムン側】にしたら志貴とアルクェイドは侵入者であって、突然(いきなり案内すると云われても普通は信じられるものではない。しかし。
 此の少女が、クーヤが云っていたサクヤならば信じられるだろう。クーヤが『サクヤだけが心を許せる相手だ』と云った時は、笑顔を綻ばして嬉しそうに話していたのだ。騙し(すかしを出来る様な印象は抱けなかったのである。

「サクヤ」

 志貴の声にサクヤは、はい? と応え乍ら振り返った。

「何ですか?」

「其れ重そうだけど、持とうか」

 志貴はサクヤが両腕で抱えている書簡を指さして云った。

「えっ。いいですよ。クーヤ様のお客様にそんな事をさせられません」

「そっか」

 志貴は何気なく重そうだから尋いたのだが、機密文章なのかな、と思い至り、素直に引き下がった。

 サクヤは一度断ったのだが、志貴が好意で申し出ていると感じ、んー、と悩み、結局半分を志貴に差し出す。

「では半分お願いします」

「了解」

 志貴は眼を細めて受け取った。

「志貴ー、サクヤー早く行こー」

 既に少し前に居るアルクェイドが振り向いて云った。

「あっ」

 其のアルクェイドの大声にサクヤは言葉を漏らした。



 ――そんな大きな声出したら兵士の人に見つかっちゃいますよー。



 後で祖父に処理を頼もうと思っているのだが、今衛士に見つかるのはやばい。何も釈明(いいわけが出来ないのだ。

「あぅ〜」

 そうこう思っている内に本当に衛士が此方にやって来た。クーヤの仕事場まで、まだ距離はあるのだが、皇城内を衛士が守護の為に立っているのである。

「オイ。其処の」

 衛士がアルクェイドに問い掛けた最中に、突然言葉を区切った。

「否。何でもない。そのまま通れ」

 サクヤは何が何だが解らなかった。志貴とアルクェイドは皇の下へ行こうとする不審者であり、必ず咎められると思っていたのだが、あっさりと通して貰えたのだ。
 一瞬アルクェイドの朱色の瞳が金色になった気がしたが、気のせいだろう。

「如何なってるんですか?」

 歩を進めて衛視が見えなくなった処でサクヤは志貴に尋いた。

「さあね。アルクェイドの容姿に思考が止まっちゃったんじゃないの」

 サクヤははぐらかされた感じがするが、一応納得出来そうな理由なので小首を傾げ乍らも、そうなんですかー、と応えた。

 クーヤの仕事場まで後少しである。サクヤは志貴とアルクェイドに会ったクーヤの微笑みが思い浮かび、口許が綻んだ。























「そなたは、もう少し此方の事を、考えてくれ。此なら、荒波を舟で越えた方が、まだましだぞ」

 クーヤは息を弾ませ(ながらもアルクェイドに文句を云った。クーヤの隣ではサクヤが草の上に長い髪をばら撒いて眼を回して倒れている。適度な胸が上下している。
 そしてアルクェイドは倒木に腰掛けている。

 クーヤの書斎に現れた志貴とアルクェイドは挨拶を軽くこなし、部屋の中をふらふらと物色し乍ら話していた。部屋に対する興味が尽きたのか、城の中はつまらない、とアルクェイドが云ったのだ。
 其の後。
 アルクェイドはクーヤとサクヤを担ぎ攫って森まで跳んで来たのである。揺れる振れるで運ばれたはクーヤは息を弾ませてしまい、呼吸を整えている。サクヤは頭ん中がぐるんぐるんして立ち上がれない。

 クーヤにしても書斎で缶詰より外に出るのは賛成だが、アルクェイドの移動手段には驚いた。サクヤと共に脇に抱えられるとは思っていなかったのだ。否、抱えると云うのではなく、肩に担ぐ感じだったか。其れでも並ではない移動手段だ。

 志貴は書き置きを残し、アルクェイドの後を追った。書斎では書き置きを見つけたゲンジマルがクーヤを探して其処彼処を走り回っている事だろう。クーヤはサクヤが運んだ仕事を全部ほっぽらかして外に出たのである。後で説教が待っていそうだ。否。
 もしかしたら志貴は書き置きだけでなく、ゲンジマルと話しているかもしれない。志貴とアルクェイドは未だ不法侵入者であるから、何かと手続きを作成しなくてはいけないのである。

「そう? 志貴を此より速い速さで【トゥスクル】からずっと運んだけど、志貴はちょっとした船酔いになったぐらいの感じだったよ」

 アルクェイドは、女性だからと抱え方やら走り方やらを志貴の時より気配りした方である。もう少し遅く走った方が良かったのかな、と思った。

 クーヤは【トゥスクル】から此処までをそんな運ばれ方をされた志貴に同情したが、前回会った時は嘔吐していたのに、今回は青白い貌になっただけで既に耐性が付き始めている志貴を呆れた。

 アルクェイドから聞いた話やハクオロから聞いた話を整理すると、志貴とアルクェイドは日常、非日常、問わず何方(どちらも非常識である。

「サクヤ、大丈夫か」

 クーヤは草の上に横になっているサクヤに声を掛けた。
 サクヤは言葉で返事する気力がないらしく、ぴくぴくと片手を上げた。しかし其の腕はぱたん、と倒れた。

寛緩(ゆっくり休んでおけ」

 クーヤは後頭部にデフォルメされた汗を貼り付け、サクヤにはそう云うしかなかった。

「サクヤ、休むのは大切だからね」

 アルクェイドは無理をさせた張本人なのに気楽に云った。巫女服のまま木の上で、正座を崩したぺたん、と尻を地につける内股気味の座り方に座り直した。両手は股の隙間に添えてある。

 更に小首を傾げるか、上目遣いで覗かれたら可愛らしさが増すだろう。

「ほんと、そなた達は面白い奴らやな。先が全く判らない。余はそなたらの様な者は他に知らんぞ」

 クーヤは自然に頬が弛んだ。云い乍らアルクェイドが座っている倒木の上の隣に座った。

「む〜っ。クーヤ、酷い事云ってない?」

 アルクェイドは口先を尖らして上目遣いでクーヤの瞳を覗き込んだ。

「否否。自由に出来るから連れ出してくれて感謝してる。余の國なのに、自領の此程豊かな森に来た事がなかったからな」

 クーヤは視軸を上に上げた。緑が広がる。木漏れ日が零れ、木木が折り重なって森のカーテンとなり視界(すべてを覆っている。カーテンの隙間が煌煌(きらきらとしている。木に添えている手には、馴染む柔らかな草と堅い感触。閉塞された書斎とは違う底が抜けた様な蒼空。緑薫る森の匂い。其の凡てが心地善い。

「其れに余は、そなた達と会話するのが楽しい」

 クーヤは眼を細めて微笑った。

 アルクェイドはクーヤの言葉にきょとんとしたら、えへへ、と嬉しそうに微笑みを浮かべた。

「私もクーヤが好きよ」

 アルクェイドの眼を細めて口許を綻ばした穏やかで柔和な微笑み。紅い瞳がころころ変わるアルクェイドの感情を伝えてくれる。

 クーヤは其の言葉に気恥ずかしくなって、頬を仄かに桜色に染め上げた。ぷいと貌を背けた。

 クーヤの言葉もアルクェイドの言葉も意味は同じだ。友達で互いに居ると有意義な時間を過ごせる事を意味する。
 しかし。
 クーヤの言葉は少し遠回りに伝えるものだが、アルクェイドの言葉は虚飾も装飾も偽りも抑圧もない無垢な言葉。すとん、と胸の中に落ちる真っ直ぐな言葉だ。

「むぅ。そなたのせいで余は頬が熱くなったぞ。嬉しいが恥ずかしい」

 クーヤは頬は朱に染まり、桜の如き柔肌になった。幼さでぷにぷにとした弾力がある柔肌である。

「うん? 私に恋?」

 アルクェイドはこてん、と小首を傾げた。

 クーヤは小さな手でぺし、とアルクェイドの額を叩いた。アルクェイドは痛っ、と痛くないのに反射的に応え、頬を膨らませてクーヤを見た。

「違うわ。突如(いきなり何を云う。そなたの台詞が垢抜けていているのだ」

 余計に頬を朱くしたクーヤはアルクェイドを上目遣いで睨んだ。

「ん〜〜。私が、頬が急に熱くなる時は志貴が胸にじんと来る言葉を云ってくれた場合などよ。あ、志貴の事を考えている時もなるかも。そういう時に私は志貴を好きなんだ、と改めて思うの。だからそう思ったんだけど」

 アルクェイドは紅い口唇を指でなぞり、艶っぽい声音で云った。仕草と同時に金色の髪がさらりと揺れた。

 白襦袢に朱袴の巫女服の美女が、内股気味の正座の様な座り方で、しなやかな指で口唇をなぞる仕草は艶めかしい。其の仕草に艶を感じてしまったら、肌理(きめ細かい磁器の柔肌が陽の光をさらさらと反射しているのも美しく感じられた。

 森の中で神聖なる神職の格好の者が僅かでも艶ある仕草を行うと均等が崩れ、其の差異が女の色気を際立たせる。

「む、むぅ。其れは余もハクオロが髪を梳かしてくれた時などに思うが、今の場合は違うぞ。そなたの言葉が唐突なのだ」

「そうかな。クーヤを好きなのは変わらないし、志貴を愛しているのも変わらない。だから好きなのは好き。愛しているのは愛している」

 其の言葉を云うのは何時でも良いと思うわ、とアルクェイドは云った。

 アルクェイドは思う。処刑執行者としての自分が壊れてから志貴を想わなかった日は無い。時や場所、場面は関係なく、何時も想っている。其の想いを形にするのが言葉だ。

 言葉は凄い。何も云わなくても想いを伝えられる事もあるが、言葉と云う形にすれば、世界に残して行く事も出来る。アルクェイドの想い。志貴への想い。其れが形を持って世界に留まれるのだ。

 言葉は想いの概念を明確な形にして相手に伝え、相手以外にも周りの人が自の意志を識れる。想いが通じ合わない人でも、想いの変換器である言葉を使えば意志を伝えられるのだ。尚更想いが通じ合う者とならば、意志(おもいを深く伝えられるのである。

 故人は云った。言葉を残すのは自分が生きた証を世界に記しておきたいから、長い年月を経てば薄れていってしまうが、一番伝えたい人には其の生終わるまで残せられる。記憶は忘れ去られるものだが、一生脳髄に残せられる言葉もある。

 なればこそ、好き、愛すと云う言葉を伝えるのに唐突も突然もない。ヒトは想いを伝えてヒトと生きて行くのだから――。

「そう、なのか」

 クーヤは眉を寄せて思案顔になった。アルクェイドからクーヤを好き、と突然(いきなり云われたのは恥ずかしかったが、云われて厭な思いにはならなかった。ならば――。

「そうなのかもしれないな」

 クーヤの言葉にアルクェイドはうん、と元気良く応え、太陽のような無垢な微笑みを返した。

 純真無垢な少女であり艶ある女、アルクェイド。彼女が紡ぐ言葉には何かしかの力がある様に思える。

 サクヤはアルクェイドとクーヤが話している間に酔いは治ったのだが、起き上がらずに緑茂る葉の隙間から零れる木漏れ日に眼を細めて口許を綻ばしていた。

 クーヤが楽しげに話す声音を聞いているだけで嬉しかったのだ。自より幼いクーヤが皇と云う仮面を被らずに話せる相手が、自分とゲンジマル以外にも出来た事実を眼の当たり出来たから。

 草の上に広がったさらさらとした蒼い長いサクヤの髪が煌煌と輝いていた。























 志貴遅いよとアルクェイドは云った。
 志貴は片手を挙げて応えた。其れからアルクェイドとクーヤ、サクヤが座っている岩に腰を下ろした。

「ゲンジマルさんと話込んでしまってさ、ごめん」

「良いよ、許してあげる」

 アルクェイドはにぱっと微笑みを浮かべた。

 滞在許可取れたんですかとサクヤが尋いた。

「うん。【トゥスクル】からの客人として正式な書類を作って貰ったよ」

「どのぐらい滞在されるんですか」

 うーん、と志貴は唸り、サクヤからアルクェイドへ視軸を移した。

「どのぐらいいるんだ? アルクェイド」

「戻ろうかなって、気が向くまで此処にいるわ。クーヤが雑務つまらないって云っていたから結構滞在して行くつもりよ」

 まあいいけどねと志貴は応えた。

「余は、つまらないとは申していないぞ、アルク。臣下の者、皆に雑務を振り分けるのも、皇としての仕事の一つだ」

「面倒だから任すんでしょ」

「違う。仕事を与え、臣下を育てるのも大切な事なのだ」

「そっかぁ、その方が効率良いもんね。ハクオロは自分でする仕事が沢山あったのに、クーヤは少しだなんてサボってると思ってた」

「そんな訳なかろう」

 サクヤは、自分が運んだ雑務を投げ出して来たクーヤの言分に、かくりと肩を落とした。



 そう云えば、と志貴は云った。

「如何して【クンネカムン】は【シャクコポル族】だけで形成していて本國以外と仲が悪いんだ。戦國の世であるというのも理由だと思うけど、其れだけではないだろう」

 【クンネカムン】は最近勢力を伸ばしつつある新興國家にして三大國家の一つとハクオロから聞いていた。【シャクコポル族】のみで構成される単一民族國家だそうだ。

 クーヤはサクヤに目配せした。

 志貴の問いにサクヤは如何云おうか、と眉を寄せて空を仰いで頭をひねって頬に手を添えて――小さくコクリと頷いて話し出す。

「私達【シャクコポル族】は『ウィツアルネミテア』ではなく、『大いなる父(オンヴィタイカヤン)』を大神として奉っているんです」

 あれ、と志貴は首を傾げた。

「此の島国のどの國も、宗教として『ウィツアルネミテア』が根ざしているんじゃないのか。(たし)か『大いなる父(オンヴィタイカヤン)』は禍日神とされていた様な――」

 はい――サクヤはこくりと首肯(うなづ)いた。

「『ウィツアルネミテア』は『大いなる父(オンヴィタイカヤン)』を悪とし、『大いなる父(オンヴィタイカヤン)』は『ウィツアルネミテア』を悪としています。互いに崇める神が違えば他神は大神と禍日神に分かれてしまいます」

 志貴は空を仰ぎ見た。眼を細め、やがてはあん、と云った。

「宗教、宗教か。先輩を思い出すな。互いを異端と認識しているって事だね」

「信仰上相容れないんです。――私はどの部族とも一緒に穏やかに暮らせられれば善いんですけど。ね、クーヤ様」

 そうだな、とクーヤは答えた。

 じゃあさ、とアルクェイドは微笑みを浮かべて云った。

「【トゥスクル】と【クンネカムン】は合併したら良いんじゃないの。そうしたら、【オンカミヤミカイ國】の皇女のウルトリィがいるから、仲良くなれば良いわ。互いの皇族が親密にしていたら、宗教間の対立も柔らがないかしら」

 【オンカミヤムカイ國】は『宗教ウィツァルネミテア』の総本山でもある宗教国家である。國師として【トゥスクル國】に滞在している皇女ウルトリィはハクオロと共にある事を望み、クーヤもハクオロに恋心を抱いているらしいから、ハクオロの側室になれば、対外的に同等になる。子宝を得れば正室にも成り得るし、愛する者と共にいる事は、アルクェイドにしてみれば当然の事である。幼女であるクーヤは子供が出来る年ではないが――。

 クーヤは貌を顰めた。

「其れは、ならん。考えの一つではあるが、――余は國を背負うものだ」

 多くの言葉はいらなかった。國を背負う。其れはなんと重い言葉であろう。此の年の者が背負い切れるモノなのか。

「背負うにしても、クーヤは優しすぎないか」

 クーヤはそう云った志貴へ視軸を移した。

「クーヤ、皇は10を救う為に1を殺す者。100を救う為に10を殺す者だ。しかし君には、其の覚悟がまだない様に見える」

 クーヤは意識がカッと白熱した。

「余を侮辱するつもりかッ! 志貴」

 そんなつもりはないと志貴は答えた。

「貧困、無教養、無分列がもたらす犯罪は根絶されるべきの筈だ。其れが國の為であろうと、正義の為であろうと同じ事。資源が乏しいから他国から略奪する、領土が狭いから侵略する、思想が違うから弾圧する、侵略された過去があるから攻撃する――其れは貧乏だから泥棒する、話が合わないから殺す、恨みがあるから復讐するというのと同じ事だろう。俺達は、個人には赦されない行為を国家という枠組みでは許容して来た。そう大衆に思い込ませるための詭弁こそが大儀名分と呼ばれて来たモノだ。其の凡てをクーヤが背負うには早過ぎる。其の上――戦争というものを把握しているか」

 クーヤは志貴の眼鏡の奥の黒い瞳を凝乎(みつめ)た。

「知っておる」

 嘘だ、と志貴は応えた。

「人を殺すのは良くない事だ。そう決まっている。しかし戦争は殺人を肯定している。人の死が溢れる死地だ。そんな処は知らないだろう。――ヒトを殺した事があるのか」

 クーヤは息を呑んだ。未だに殺した事はない。皇として書類にて処理する場合も、今はまだゲンジマルが代行してくれている。

 志貴は眼を細めてくしゃくしゃとクーヤの金色の髪を撫でた。

「そんなに思い詰めなくて良いよ。其れが普通なんだから」

 クーヤは志貴の手を払って、むーっと頬を膨らました。

「私は皇だ。皇としてやるべき事をするのみだ」

 クーヤはそう云うと、ぷいっと横を向いた。

 サクヤはぱんぱんと手を叩き、にっこりと微笑みを浮かべた。

「はいはい、其処までにしましょう、クーヤ様」

「そうよ、口喧嘩していないで遊ぼう」

 クーヤはサクヤとアルクェイドの微笑みに、膨らませていたを緩めた。
 其れから志貴の方を向いた。

「――志貴の云う事もよく解る。だが、余も其れぐらい解っているのだぞ」

「うん。クーヤは皇として頑張っているからな」

「うむ。解れば良い」

 其の後は森で、四人はアルクェイドとクーヤが引っ張り回し、泥だらけになり乍ら遊んだ。







第六章 自由 終幕









あとがき


其の一

 ハクオロの心配は納得します。戦場で鮮血殲姫を覧てしまったら、そう思ってしまうのも仕方がないです。ハクオロとベナウィは志貴とアルクェイドが帰って来るまで胃痛で苦しむことでしょう(笑)

 【クンネカムン國】侵入作戦大成功☆
 『魅了の魔眼』を多活用で楽勝ですね。シエルの魔眼よりアルクェイドの魔眼の方が強烈だと思いますから、掛け損じは無いと思います。魔眼の強さは金色<宝石<虹色ですしね。

 御世話係りのサクヤ登場。侍女みたいなものなのかな。本家『うたわれるもの』では髪が短いですが、『死せるもの』では長髪です。これもやりたかった設定の一つ。『うたわれるもの』では立ち絵すらありませんでしたから。

 それにしても志貴は平気で嘘をつくのかなぁ、アルクェイドの容姿による魅了もあながち間違いでもなさそうだけど、自分も騙せる嘘なら平気なのかな(爆)



其の二

 其の二では何故か可愛らしさと艶を意識して書いてみました。
 巫女アルクが正座を崩してぺたんと尻を地につけて、股の間に両手を添えて、小首を傾げるのって萌えません? 私は善いと思いますよ(笑)

 会話の内容も悪くはないと思うけど、アルクェイドの仕草に喰われたと思う。クーヤもぷにぷにと頑張ってたけどアルク萌えです。

 其れにしても私の文体は独特だな、とSSを読んでいて改めて思いました。京極作品を数十ページ読んでから書くのが影響しているのかな。でもこの方法は筆が進むんです。


其の三

 久しく更新しました。瓦版を見て、書きかけのを頑張って完成させました。

 志貴は殺人貴ですが、人殺しはいけないと思っているからこそ、遠野志貴なような気がします。人は一面性ではなく、色々な面を持ってますからね。

 次回はまだクンネカムンに滞在しています。吸血殲姫なバケモノと死神さんが活躍です。書くのが楽しみだったり。

それでは

 

[第五章] [書庫] [第七章]



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