死せるもの

第四章 戦








 【トゥスクル國】の北東に位置する【クッチャ・ケッチャ國】。騎馬民族の國で、皇都自体が移動するのが特徴である。皇の名はオリカカン。騎兵の馬はウォプタルと云い、蜥蜴(とかげに似ており、二本足で立つ獣である。

 【トゥスクル國】と【クッチャ・ケッチャ國】が戦を始めて三週間が経った。【クッチャ・ケッチャ國】は引き際を心得ており、兵の消費が目立つと、撤退を躊躇(ちゅうちょせずに行い、戦場を転転と変える。オリカカン皇の居場所も動いたが、ハクオロの下に今の居場所の情報が届いた。























「何もないとこね」

 戦場には場違いだと思われる巫女服の女性が腕を組んで立ち、髪が風にさらさらと煽られる。アルクェイドの視界には、陽に燦燦(さんさんと照らされる平原が広がっている。遮蔽物は無く。芝生の様な短い丈の草がが青青と生えている。

 森を抜けて、着いた場所は狙撃には適切な場所だったが、『此の世界』の技術では銃器類は無く、弓等しか無かった為に割と安心して此の地に踏み入る事が出来る。

「けど大勢居るな。土豪でも掘って隠れているのか」

 蒼黒の羽織袴を(なびかせ、志貴は眼鏡越しに、鋭く眼を細めて前方を(て呟いた。

「そうね」

 二人の後ろに居る人たちに驚きと呆れが広がる。アルクェイドと志貴の人外な能力に素直に驚き、自分らにない其の力に呆れたのだ。しかし、拒絶しないのだから良い反応だろう。

 此の地に居る【トゥスクル國】の者たちは、皇を含む総勢力である。

 皇ハクオロ。侍大将兼騎馬衆隊長ベナウィ。騎馬衆副長クロウ。歩兵衆隊長オボロ。巫ウルトリィ。巫カミュ。剣奴カルラ。薬師エルルゥ。獣使いアルルゥ。朱組弓衆長ドリィ。蒼組弓衆長グラァ。そして、その下に付く一般兵たちである。

「ばらけた方が良いんじゃないか。ハクオロ」



 志貴の言葉にハクオロは眼を瞑り、思考し、最前の手段を考える。

「ベナウィ、クロウ」

「「はい」」

「其れ其れの騎馬衆を率いてベナウィは右翼。クロウは森の中を回って平原の後方から襲撃」

「御意に」「了解(わかりやした」

「オボロ」

「おぅ」

「兵を率いて左翼から襲撃。だが、三割の兵を残し、負傷者を回収する兵を森に残しておけ」

「任せろ」

「ウルトリィ、カミュ」

「「はい」」

「矢が届かない上空より戦況の把握、情報を私に伝えてくれ。方術の行使は控えろ。しかし、我軍の戦況の悪い箇所には、相手のリズムを崩すために戦術級方術の行使を許可する」

「解りました」「任せて☆」

「エルルゥ」

「はい」

「負傷者の応急処置を含めた治療の先導を森にて行ってくれ」

「ハクオロさんも気を付けて」

「アルルゥとカルラ」

「なに?」「なんです」

「森の護衛。絶対防衛線を張り、此の空間を結界と成せ」

「ん」「了解りましたわ」

「志貴とアルクェイド」

「………」「何?」

「―――チームを組み、掻き回せ」

「了解」「自由にってことね」

 ハクオロは我軍を見渡せる小高い岩の上に乗った。

 平穏を求める為に殺し合いをする。兵と(いえども國の民だ。國へ帰れば家族が居る。もし死んだら、悲しむ者が必ず居るのだ。人は一人では生きていけない。支え合い、補い(なが)ら生きている。死とは、生活の歯車が欠ける事。
 そして。
 敵國の行為を黙していては民が傷付くのみ。其処でもまた悲劇が生まれる。―――そう、あの時の様に。
 ハクオロは【ヤマユラの村】が襲われたと報告を受けた時、脊髄の代わりに氷水を入れられた様な寒気がし、厭な汗を掻いた。あんな思いは二度としたくない。
 ―――故に戦う。大切な者たちを護る為に。

 ハクオロは眼光鋭く、『仮面皇』の名の下に、声高らかに(のたまう。

『私に続く者に、勝利と明日の日差しを浴びる機会を与えよう!!!』

 風がハクオロを讃えるかの様に舞い上がった。落ち葉が踊る。

『死ぬ事は許さん』

 続くは言霊。兵の志気を高める為に紡がれる開戦のラッパ。

『―――征け!!!』

 言葉が力となり、一人一人に付加し、戦士たちが雄叫びを上がる。

『ウオオオオオオ!!!!!』

 戦士たちが駆け出した。
 最も死に近き場所へ。
 最も誇り高き聖地へ。
 ―――戦場へ、駆け出した。























 戦士が駆け抜けた戦場への道。其の後を羽織袴と巫女服が歩く。『殺人貴』と『白き姫君』が歩く。

「敵総数5000弱」

 志貴が呟いた。

 平原を二人のみが歩いている。目的地は怒濤(どとうの渦に包まれている戦渦。

「味方総数4000強」

 アルクェイドの髪がさらりと風に揺れた。

「ベナウィ騎馬衆2000とクロウ騎馬衆500」

 淡々と此の状況を解析していく。

「右翼、後方計3000」

 歩みは止まらない。

「オボロ歩兵衆500」

 志貴の眼鏡が逆光によって光った。眼鏡は外さない様だ。

「左翼1000」

 アルクェイドが腕を組んで立ち止まった。

「ハクオロ中央軍1000」

 志貴もまた、立ち止まる。

「中央1000」

 志貴とアルクェイドは互いに向き合った。其れ其れが受け持つ人数を志貴は感覚で、アルクェイドは魔力等に依る『力』で計算した。

「左翼のリズムが悪い。数が不利か。朱組蒼組弓衆の援護があるが―――やばいな」

 やばいと云ってはいるが、全く其の様な雰囲気を纏ってはいない。

「ええ、そうね。襲撃箇所左翼に固定」

 アルクェイドは組んでいた腕を解いた。

「余り殺したくはないと、甘いことを俺は考えている」

「志貴がそう云うんだったら、なるべくそうするわ」

 アルクェイドが眼を細めて、柔らかく微笑んだ。

「世界を殺した為か、未だに『直死の魔眼』が不安定」

 『此の世界』に来てから志貴の『力』が安定しない。『世界』を『殺した』のが、未だに響いているのだろう。

 志貴は白い単衣(ひとえの懐に手を遣り、鉄パイプを取り出した。



 パチンッ



 小気味良い音を鳴らし、志貴の懐から出したのは一つのナイフ―――七ツ夜―――であった。

第五架空要素(霊子―――エーテル―――の変換は効率が悪いから、『空想具現化』は疲れるわ」

 アルクェイドの爪が伸びる。『空想具現化』が使えないとはいえ、其の規格外な『力』は健在である。『魅了の魔眼』さえある。

「さあ」

 志貴がアルクェイドの眼を見て呟く。
 状況の確認は終わった。此から―――。

『始めるか/始めましょう』

 蒼黒の羽織袴/巫女服 を(ひるがえし、駆け出した。

 戦士たちが通った道筋を、『死』が、駆け出した。

 志貴の前をアルクェイドが(はしり、其の後ろに志貴が付く。

 流れる風景。大地を踏み、走ると云うよりも、低空を飛んでいる。風が二人を包み、戯れ、否。拒んでいる。『此の世界』に属さない二人を、圧倒的な死臭を撒き散らす二人を拒絶している。空間が、泣いている。
 存在を否定し、存在を拒絶し、存在を消滅させたいと、此の空間が泣いている。
 しかし。
 『此の世界』が二人を認知し、空間の泣き言を無視した。死臭を振り撒く死神たちの存在を、『此の世界』が認知したのだ。























 人の(むれが二人の前に広がった。塵の様に重なる人の群。朱蒼白黒、様様な色の服で自分たちを主張し、味方を判断し、敵を断罪する。騒音が響き渡る。幾ら味方だとはいえ、怒号は煩瑣(うるさいのみである。
 否。其の声に少しは気を後押しされるか。―――敵を殺す覚悟を。
 否否。其の声など関係ない。―――殺すのに何も気負いはないのだから。

 味方の群を掻い潜り、敵との境界線を踏み越えた。

 白朱の女性。アルクェイドが爪を振るう。



 パシャッ



 乾いた音がした。
 視認出来ない速度で振るわれた爪刀は、人を紙の様に切り裂き、刀身を紅く染め上げた。乾いた音は肉塊が血を吹き出す澄んだ音。戦場の醜い怒声ではなく、血が吹き出す綺麗な音。

 返り血が服に付く。神聖なる巫女の純白を。(けがれた真っ赤な真紅に染め上げる。純白の処女が穢された。
 だが。
 アルクェイドは気にしない。真っ赤に染められようと、アルクェイドにとって其れは、綺麗な朱であるからだ。血は、何より美しい色彩だ。錆びた鉄の匂いに包まれるが、其れは鼻腔擽る甘美な匂いでしかない。
 彼女、吸血鬼、真祖にとって嫌うモノではないのである。



 一度、二度、三度、振るわれる度に人が十、二十、三十、と虫の様に死んで行く。此でも最低限の力しか加えてない。鉄の鎧に包まれた。頑丈な筈の装甲が、紙の様に裂けて行く。

 志貴は余り殺したくはないと云っていた。しかし、此以下に力を落とすと効率が悪くなるのだ。此の場に居る敵は村村を襲った雑兵500ではない。己の命を賭けた50000の戦士であり、此の場は戦士の聖地―――戦場なのだ。

 爪を振るって、音速を超えた為に生じた衝撃波にやられた兵は、死にはしないだろう。自分の前の味方が肉の壁となり、命は助かる奴が居る筈だ。

 だが、アルクェイドが振るう度に人が舞い上がり、襤褸衣(ぼろきぬの様に引き裂かれた塊が空に上がる。兵たちは、ぼろぼろ、と降ってくる自分と同じ色を宿す味方を見て絶叫を上げる。信じられないのだろう。真祖と云う『バケモノ』が、聖地に顕現(けんげんしたのだ。

 アルクェイドは爪を振るい乍ら、志貴を見た。

 羽織を(なび)かせて志貴が通ると、擦れ違った兵は、其の場に倒れ伏して行く。
 (く見ると、倒れ兵は皆片足が切断されていた。

   そう、志貴は擦れ違う度に七ツ夜を振るっているのである。

 七ツ夜は皮膚(ひふを破り、肉を裂き、骨の間接を通し、最低限の力を加え、最高の早さで、人を―――解体(ばらしていくのだ。

 片足が無ければ立ち上がる事は不可能。其れも、今切断されたばかりでは、精神が肉体を凌駕して、痛みを感じないとしても、バランスがとれずに戦は出来ない。

 志貴は宣言通りに殺していない。が、其れは並外れた技量がないと実行できない。鎧の隙間を通し、足の付け根を切断する。膝を切断する。

 其の姿は、『殺人貴』にふさわしくなく、『遠野志貴』にはふさわしい。戦場で『遠野志貴』を維持する為に、最も穏やかな刻み方である。命を奪わず、動きを制するのだ。

 蟻の様に群群と集まる人の隙間を黒羽織が通り、ぼろぼろ、と人が崩れて行く。

 志貴が七ツ夜を振るい―――。

―――と。
其の時。
志貴の背中が、
ぶるりと
ふるえた。

 脊髄の中に液体窒素を流し込まれた様な気持ち。全身が絶対零度にまで冷やされ、故に外気の熱さに躰が焼かれそうになる。脳髄感覚だけが正常だ。絶対極の狭間の圧力に潰されそうな感覚。仮に正気を保っていなかったならば、刹那を待たずに志貴は圧壊されていただろう。

 躰を縮み込み、瞬間、其の場から空へ離れた。



 女性は、艶のある紫がかった流れるような黒髪を後ろで束ねている。強い意志を感じさせる深い蒼色の眼。小さな鼻。桃色の唇。広げれば翼の様に見える垂れた獣耳。茶色の羽衣を纏い、白と紺の着物。腰に鞘。手に持つは日本刀。名を、トウカと云う。



 志貴は地に降りる時、つい、敵兵三人の首を斬り落としてしまった。自分を(おそれて自暴自棄にならずに、純粋に殺気を(てて刀を振り降ろしてきた相手が居て、女性の実力は雑兵とは比べられぬ程高い為に少々興奮してしまった様だ。返り血―――三人の躰から噴水の様に吹き出す血―――を浴びぬ様に後ろへ飛び、目の前の女性を観る。―――『遠野志貴』として凍った(かお。能面で。



 トウカは刀を構え直して、蒼黒の青年を睨んだ。恐怖に震える手を叱咤し、奥歯を噛みしめて、溢れ出す感情を押さえる。死神の様に切り伏せて行く彼奴(あいつを、死角からの完璧な不意打ちで斬りかかったのに躱されたのだ。

 雑兵は青年に畏れて距離を取り、実質、此の闘いには戦力としての価値がない。此の青年を畏れているのだ。

 戦が始まり、箇所として有利だった此の隊列に悪魔が顕れた。一人は、一振りで人を塵としてケチらす『バケモノ』。一人は、人の波を斬り伏せて行く『死神』。

 トウカには白朱の女性を相手にする決断が出来なかった。仮令(たとえ決断したとしても、其れは勇気でなく、蛮勇である。『バケモノ』に対峙するのには、今のトウカは背負うモノが小さかった。人は不可能を可能にする事が出来ると云う。少しばかりの勇気で道を切り開く事が出来るのだ。
 しかし。
 其れには自分を賭けるのに足る願いが必要だ。一番、人に、自分に力を与えてくれる願いは、矢張り大切な人を護りたいと云う意志だろう。

 トウカには其れがない。今、彼女を支えているのは種族としての誇りと義。オリカカンとは、傭兵としての契約のみなので、自分の誇りと義、幾ばくかの金の為なのである。そんなモノでは、不可能を可能にする勇気と云う魔法には昇華出来ない。

 よって、白朱の『バケモノ』を避け、蒼黒の『死神』を襲った。しかし、其れは逃げであり、そして其の行為は、矢張り間違いだったのだろうか。目の前の青年は―――恐ろしい。



 トウカは納刀して、駆けた。時は過去に戻せない。ならば、今如何(どうするべきかだ。そして、其れは敵を倒す事。地を踏み、刀術の中で最速最高の威力を誇る抜刀術に、此の一撃に(すべてを賭ける。

 殺し合いとは、首を斬られれば死ぬし、腕を斬られれば刀を振るえず、足を斬られれば走れない。一瞬で凡てが決まるのだ。其の交える瞬間の後に、どちらが立っているかが凡てなのだ。



 一歩、二歩、三歩。風をきって距離を詰めて行く。青年はナイフを構えたまま―――(わらっていた。否。其れは気のせいだったのか、兵を斬り伏せていた時と同じ能面だ。

 距離が近付いて来る。青年は何故か動かない。何か企んでいるのであろうか。トウカには解らない。しかし、動かないならば好機である。トウカの間合いまであと一歩。
 腰を落とし、刀を閃かせた。

「破!」

 短い呼気と共に刀が青年に襲いかかる。鞘走りはちりちりと。
 鳴り。
 加速し。
 抜き放たれた。

 銀色の線が青年の胸に向かう。絶対の一撃。必殺の一撃だ。刀が叫び、持ち主の意志を実行する。

 ―――しかし。

 鮮血に濡れる筈の刀に、一つのナイフが添えられた。助走と遠心力により、重い刀の一撃をナイフで受け止められる筈がない。だが、ナイフは受け止める気はない様だ。―――(ただ、添えただけ。



 青年は柔らかく刀を受け流し、トウカの懐に入った。凍った貌がトウカの頬の横にある。まるで抱き合う様な位置なのに、トウカには戦慄が走るのみ。背筋が強ばり、汗が噴き出す。青年の口が僅かに動いたが、トウカには聞き取れない。



 ドムッ



「かはっ!」

 衝撃と共に躰が浮き上がり、肺の空気が(すべて吐き出された。地面に投げ出され、草の上を滑り、勢いが完全に消える前に意志の力で立ち上がる。

 鳩尾(みぞおちに膝蹴りを受けた様で、今にも意識が飛びそうである。揺れる脳髄は、其れでも躰を激励し、倒れるのを拒んでいる。刀は蹴られた時に離してしまい、武器がない。



 ゾクリ



 うなじの辺りがぴりぴりと痺れ、警報音が頭の中に響き渡る。眼が捉えたのは喉と心臓を狙う、二筋の銀線。

「きゃぁあああ!!!」

 甲高い悲鳴を上げて、とっさに首を曲げ、身を捻る。一瞬が一生に感じられる。勘違いだが、あながちそうとは云い切れない。なぜなら、今此の一瞬で命が終わるかもしれないのだ。



 躰をぎりぎりまで捻る。足は曲げないと動かす事が出来ないから、使えない。其れでは遅いのだ。

 躰を、捻り、躱し―――きった。喉と心臓に突き刺さる事は防げた。が、熱い熱い熱い。喉が熱い。けれど、全身は冷たい。厭な汗が噴き出し、あの瞬間が怖かった。自分の命を刈り取られる瞬間が恐かった。

 首は薄皮を切られた様で、血が垂れる。熱い原因は此の様だ。致命傷でないが、恐怖によって精気を凡て刈り取られた。躰を強ばらせる。とてつもなく、青年が怖い。

 トウカが青年を見ると、右手にナイフを持ったまま、左腕をピンと伸ばし、何かを投げた体勢で止まっていた。羽織が靡いた。青年が放ったナイフは、トウカの後ろに居た兵を穿ったが、トウカには確認する暇などない。



 ―――死ぬ。



 恐怖に包まれる。此の闘いは勝てる気がしない。戦術的に負け、戦略的にも負けるだろう。

 ―――知った声が聞こえた。此の声は、オリカカン。何時の間にか場所が動いていた様だ。青年を視界に入れたまま視軸を移すと、彼も武器を落として、ハクオロに向かって何かを云っていた。



 ―――此の戦は、負けた。



 白朱の『バケモノ』が居て、蒼黒の『死神』が居る。今は逃げるしかない。

 トウカはオリカカンの下へ走り出した。



 志貴は投げナイフが避けられた事に、驚きと感嘆を感じた。

 却説(さて、斬り懸かるかと足を踏みだそうとした時、女性があさっての方角へ駆け出した。逃げ出すのか、と志貴は思った。命をわざわざ奪おうとは思わない。興奮は冷めてゆき、此の闘いは、別に如何でも良くなった。

 しかし、女性はハクオロの方へ向きを変えて、瞬時にオリカカンを抱えると、其の場を離れる為に空へ駆けた。



 やばい。戦とは頭を制しないと終わらない。此の場でオリカカンを捕らえるなり、殺すなりをしないといけないのだ。

 故に―――志貴は叫んだ。

「アルクェイド!!!」

 戦況を魔力に依る『力』で、凡て把握していたアルクェイドは志貴の意思を汲み取る。躰を動かし、今、空を跳んでいる最中のトウカの横に並んだ。

「―――なっ!?」

 トウカは白朱の『バケモノ』が瞬時にして横に現れた為に、オリカカンを抱えたまま驚きと恐怖の声を上げた。

 アルクェイドはトウカの頭を掴み、地面に叩きつける。



 ダンッ



「あぅっ」

 トウカは淡い吐息を漏らした。躰が灼ける様に熱い。骨は軋み、筋肉は悲鳴を上げる。指一本動かない。

 志貴とハクオロは、トウカとオリカカンの下へ、アルクェイドの横へ着いた。

 【クッチャ・ケッチャ國】の軍勢は、皇が捕らわれた為に動かなくなった。大勢が動く戦は、頭が制されれば終わるのである。

「んっ?」

「如何した?アルクェイド」

 志貴の声を聞いても、アルクェイドは屈んで、オリカカンの髪を掴み上げ、貌を睨み付ける。

「志貴」

「何?」

「此の人、頭ん中(いじられてるよ」

「なっ!?」

 ハクオロの驚きの声が上がった。

 【クッチャ・ケッチャ國】の皇が傀儡(くぐつだとしたら、未だ平穏を望めないと云う事だからだ。

「修正できるか?」

「ん〜。かなり深い譫妄(せんもう)状態で掛けられた様だから、治るのは良くて六割かな」

「やってくれ」

 志貴はハクオロの意見を聞かずに、自分の意思を云った。

 ハクオロとは利害関係の一致に過ぎない。否。情が湧いたから其れだけではないか。【トゥスクル國】は過ごし易い。



 大気が蠢き、平原の草が激しく揺れる。アルクェイドは『世界』に満ちる第五架空要素(霊子―――エーテル―――を、大量に取り込み始めた。変換し、魔力に変え、『力』の実行に使う。貯蔵魔力と合わせ、アルクェイドの『力』が顕現した。

 (あかよりも赤い、朱色の瞳が―――月よりも綺麗な、金色に、染まる。

 多くの吸血鬼が所有する能力『魔眼』。アルクェイドが所有するのは『魅了の魔眼』と呼ばれ、精神掌握、傀儡操作、記憶改竄、等の様様な『力』がある。

 オリカカンの脳髄に干渉。深層に封をされた情報を強制蒐集(しゅうしゅう。改竄後の記録と比較。重複するものは削除。一部異なるものは表層に上書き。そして、オリカカンの意識を再起動。

「終わったわ」

 アルクェイドの瞳が元の色彩に戻る。

「彼の脳髄を元の状態戻したわ。情報も読み取ったけど、シオンみたいに完璧にはいかないわね」

「まあ、そうだろうな。で、此奴(こいつ何時気付くんだ?」

「直ぐによ」

 アルクェイドの言葉に呼応する様に、オリカカンの肩がピクリと動いた。二、三度頭を振り、志貴たちを見遣る。

「ラクシャインは何処だ!?奴は何処に居る!!先程まで此処に居た筈だぞ!!!」

 煩瑣(うるさいので志貴はアルクェイドへ目配せし、アルクェイドが金色の瞳で黙らせた。

「失敗?」

「いいえ、成功よ。ラクシャインってのはオリカカンの義弟で、家族の仇だそうよ。殺された仇討ちで【トゥスクル國】に攻め込んだみたい」

「國に攻め入るって―――それじゃあラクシャインってのは【トゥスクル國】に居るのか?」

 志貴は眉を顰めた。

「先程までならオリカカンの中には居たわ。ハクオロを通してね」

「ハクオロがラクシャイン?」

 志貴はハクオロに視軸を向けた。ハクオロは記憶喪失なので、過去を持たないのだ。逆様(はんたいに云えば、様様な過去の可能性があると云う事である。

「いいえ、違うわ。先程までって云ったでしょ。其れは改竄後の記憶なの」

「じゃあ。勘違いで【トゥスクル國】を襲ったと云う事か。否。違う。そうなる様に仕向けた奴が居るな。オリカカンの記憶を弄った奴が」



 シャリ



 僅かな布擦れの音がした。

「其れでは!(それがしは、無関係の者たちを斬ったと云う事なのですか!?」

 志貴とアルクェイドが声の方を向くと、襤褸襤褸(ぼろぼろ)の躰を奮い立たせて、トウカが立ち上がっていた。二人の会話が聞こえていた様で、呵責し、誇りと義に従った筈の道を疑ったのだろう。

「如何なんだろ?」

 志貴は首を傾げた。

「本人に聞いてみれば」

 アルクェイドはオリカカンを解放する。

「如何なんですかオリカカン皇。ハクオロ皇がラクシャインじゃないんですか!?」

「ハクオロ?違うわ!こんな奇天烈(きてれつな面を付けていようが、儂は彼奴(あやつを判別できるわ。そんな事よりラクシャインは何処だ?先程まで儂の眼の前に居たのだぞ!」

「―――そ、そんな」

 トウカは貌を青白くすると、―――崩れ落ちる。



 仇討ちと云う目的を信じ、定めた道筋が、今、崩れ落ちたのだ。

 『此の世界』では仇討ちは正当な行為とされている。勿論、殺しと云う犯罪は國として取り締まるべき対象なのだが、世論では『元の世界』と『此の世界』では善悪の受け取り方が違うのである。



「如何なっているか解んないけど、ご愁傷様って云っとけば良いのかな」

 志貴は倒れ掛けたトウカを支えて苦笑した。



 ―――先程『死合い』をした相手(を自然に抱き抱えるなんて、流石『絶倫超人』。ハクオロは其の光景をこう表した。―――ハクオロも余り人の事を云えないのだが………。



 アルクェイドは志貴の行為を気にしない様だ。信頼、しているのだろう。

「じゃあ、ハクオロ。此の後の残りは、俺達にとって雑務と事務処理だから遣らなくて良いのか?」

 雑務と事務処理。此の戦で出た死傷者の埋葬と治療等の事だ。(たしかに志貴とアルクェイドには遣れる事はないだろう。

「ああ」

 ハクオロは首肯(うなずいた。



 オリカカンが傀儡だと判ってから、初めて声を発した。志貴とアルクェイドの会話。オリカカンの言葉。トウカの行為。―――ハクオロは事象を観て、判断し、決断する。冷血で冷酷で静寂な決断を迫られた場合も、迷わず、決める事が出来るハクオロは、見定めて、剣を道に突き刺すのである。



「アルクェイド。久しぶりに森へ行くか」

 志貴はトウカをハクオロに渡し乍らアルクェイドを誘った。

「うん。行こっ」

 微笑み。太陽の微笑みを浮かべて、アルクェイドは志貴の手を握る。



 二人は歩き出した。
 戦後の雑務をするハクオロの事等微塵も考えず、陽が零れる【カカエラユラの森】を思い浮かべた。そして、【ヤマユラの村】に居るソポクたちと会うのを楽しみに、平原を歩き出した。







第四章 戦 終幕









あとがき


其の一

 『死せるもの』での初戦。ハクオロが開戦の合図をするのは、よく出来たかなぁと思ったり。ハクオロが格好良かった気がします。

 アルクェイドの闘いは―――。人を明るく殺せたかな(爆)

 巫女服が真っ赤に染まってしまいました。血です。べとべとです。穢されちゃいました。
 血は落ちずらいのにねぇ。

 志貴は殺人鬼のくせに自制してるし、『反転』しない様に気を付けてましたね。最後は殺気を感じてある女性からの一撃を躱してます。
 誰だがは『うたわれるもの』をプレイした人だったならば分かりますよね。とっても強そうになってしまいました(笑)

 バトルは苦手だなぁ。けど頑張りますか。



其の二

 『瞬間』の戦い。志貴は躱す、受け流す、蹴る、投げるしかやってないです。トウカにとっては斬る、抜刀、蹴られる、躱す。短い刻の中に、精神を研ぎ澄ませての『死合い』です。短時間のを書くのに、あんなに長く描写してしまって………。最後は長引きそうになったから、強引に、無理矢理に、強制的に終わらせてしまって………。難しいなぁ。如何でしょうかね、今回の話は?こんなバトルは?

 私は、最後の締め以外は、動作が少ない割にはまあまあの出来なのかなと(苦笑)
 技量が足らないです。

 アルクェイドに続き、志貴も強いですね。斬激が見えてないと、刃渡りが短いナイフでは添えるなんて出来ません。その次は、懐に入って蹴り!けど、プスッと刺さなかったから『殺人貴』にはなっていませんでしたね。

 それにしても、トウカの耳元で何を囁いたんだか(笑)『死合い』を楽しませてくれ、とか、可愛いね、とか、『殺人貴』寄りか『絶倫超人』寄りで、様様ありそうだけど、確定は出来ないんじゃないでしょうか。作者なのになぁ(爆)

 それでは


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