死せるもの

第三章 戯れ








 木木の隙間から木漏れ日が零れ、風によって枝が踊り、掠れる葉からは囁きが聞こえる。

 アルクェイドは大木に寄り掛かり、瞼を閉じて自然の声を聞いていた。

 山からは唄を、大地からは詩を、植物からは歌を聞いているのだ。

 風が踊り、うたを運ぶ。光が零れ、うたを届ける。

 零れた木漏れ日が、赤と白のみの色を持つアルクェイドの巫女服に、明暗をつけ、多彩な着物として彩っている。枝が踊る度に、くるくる、と光が差す軌道を変え、賑やかに舞っていた。

「アルクぅーーー♪」

 アルクェイドを呼ぶ、幼く、元気な声が聞こえた。

 瞼を寛悠(ゆっくりと開き、声が聞こえた方を向くと、少女が羽ばたいて飛んで来る。

 無邪気さが見える濃碧の、大きな丸い瞳。高い鼻。薄桃色の唇。太陽に反射して、煌煌(きらきらと輝く、肩先までの銀髪。まだ幼さが残る貌と、不釣り合いなまでに豊かな胸。漆黒の大きな翼。服装はウルトリィと似て、和装の物ではなく、洋風の蒼い礼服(ドレスの様な物だ。しかし、此を礼服(ドレスと云ったら礼服(ドレスに失礼かもしれない。動き安さを求めた身軽な物である。

「また聞いてたの?」

 アルクェイドの横に少女が羽を仕舞い、降り立った。

 コロコロ、と無邪気に笑う元気な笑顔だ。

「あ、カミュ」

 アルクェイドも猫の様な微笑みを返した。

「そうよ。静かで、けど、力強い詩を聞いてるの」

 ウルトリィの妹であるカミュ。國師補佐の名目で、此の國に留まる元気な少女である。

「二人は?」

 アルクェイドが首を傾げてカミュに(いた。何時も居る、残り二人を見かけないのだ。

「アルちゃんとユズっちも直ぐ来るよ」

 周りに元気を与える明るい笑顔を振り撒き乍ら、其の場でくるり、と振り返った。その視線の先には、大きな獣に乗って、二人の少女がやって来る。

「アルルゥとユズハ、おはよぅ♪」

 獣に乗って来た二人の少女は、アルクェイドの声に片方は頷き、片方は会釈をする。

「ん。おはよう。アルク」

「おはようございます、アルクちゃん」

 少女たちが乗っている獣は、白色のキャンパスに黒の筆で柄を雄雄しく描かれた猫科の獣。其の大きさは、虎やライオン等より一回りも二回りもでかい。志貴がよく昼寝をしに行った【ヤマユラの村】近くの【カカエラユラの森】に棲む森の神の使いとされる『ムティカパ』である。母役である少女が付けた名は、ムックルと云う。鉄より固い体毛を持つ獣である。

 ぴょん、と一人の少女が飛び降りた。

「遊ぼ」

 口数少なく、此の中で一番幼い少女が云った。



 エルルゥの妹でハクオロの義娘。一応皇女であるが、本人を含め誰も意識をしていない。蜂蜜好き。人見知りする娘だが、一度懐くと甘えてくる女の子だ。『森の母(ヤーナマゥナ』と云う動物と心を通わす事が出来る娘で、獣と仲良くなり、従える事も出来る。

 癖のある黒髪。肩の前に垂らした髪を髪飾りで二つに束ねている。くりくりとした丸い黒茶瞳。小さな鼻。小さな唇。先が黒い白の獣耳。ふさふさした大きな尻尾。名を、アルルゥと云う。

 ハクオロによると、アルルゥと仲良く成るのには、蜂の門と云うものがあると聞く。アルルゥと共に蜂の巣を喰うのである。茶色の土塊(もどき。表面に覗けるのは白い粒。甘い蜜。初めは躊躇(ためらい を持つ人が(ほとんどだが、食べてみると香ばしさがあり、じゅわっ、と噛む度に蜜が広がるのだ。意外に旨い。

 見た目に戸惑うが、アルルゥの微笑みの為なら、と決心する者が数多い。期待に満ちた瞳で見つめられたら、こんなの食べねーよ、なんて言葉口に出来ない。否。そんな事を云ってはいけない。絶対に、だ。いくら見た目が泥土だろうと、笑顔で食べるのが決まりなのである。其れに、アルルゥに好印象を与える為ならば迷ってはいけない。蜂に始まり、蜂に終わる。そんな文句が出来そうだと聞く。



「何して遊ぶ?」

 アルクェイドは立ち上がり、アルルゥの髪を撫で乍ら尋いた。

「オボロのとこ、行こ」

 アルルゥは撫でられるのが気持ち善いのか、目を細めた。

「オボロ?」

「うん」

「ん〜。まぁいっか」

 アルクェイドは首を捻って悩んだが、割とあっさり決まった。

「にい様の処へですか?」

 ムックルの上に乗っている少女が小首を傾げた。



 薄茶色の単衣(ひとえ。白い外衣(ケープを羽織る。肌膚の色が薄く、白い。しなやかな黒髪を腰まで垂らす。瞳は光を嫌うのか、瞼を閉じている。否。違うのだ。光を嫌うのではない。其の瞳には光が映らないのだ。失明。生まれつき躰が弱く、生まれて三日生きれば良い方だと云われたが、周囲の皆と名医によって、今まで生きてきている。初めての発作の時に、瞳は光を受け取る事が出来なくなってしまったのである。

 しかし、彼女は今が楽しい。アルルゥとカミュに外へ連れられ、室で休めばハクオロが見舞いに来る。妹思いの兄は彼女の事を案じている。勿論、彼らだけではない。此処の者は皆、彼女を案じ、そして、彼女に幸せに成って欲しいと願っている。此の無垢な少女に人並みの幸せを。皆にとって彼女は病に伏せる足枷ではない―――。

 居てくれるだけで温かい。花の様な人物なのである。其の少女の名は、ユズハと云う。



「そうみたいだね」

 ユズハの問いにカミュが応えた。

「―――楽しみです」

 ユズハが一呼吸置いて口にした。

 兄に会うのが楽しみと云う訳ではない。否。会うのは快く思っている。
 しかし。
 違うのだ。ユズハが楽しみにしているのは此から起こる事。悪戯(いたずら好きなアルルゥが、今から何をするのかに想いを馳せ、妄想しているのだ。

 彼女の頭の中では、実兄であるオボロが切った張ったの大騒動。駆けずり回り、オチをこなす。オボロがユズハの妄想を覗けたら、ガックリ肩を落とし、にい様もうイキランナイヨ。等と云う。明らかにユズハが使うべき言葉を吐くかもしれない。否。ユズハの思考に登場出来たなら、飛び跳ねて喜ぶのかもしれない。シスコンの行動は読めないものだ。

「じゃあ、行こっか」

巫女絵 双葉

 アルクェイドは()るりと手を挙げ、高らかに(のたまり、妹娘たちと姫君は、鍛錬場へ向かいました。























 晴天の蒼空の下。空気を刈る音がする。銀線が閃き、二つの軌道が描かれる。舞を踊るのは、歩兵隊大将オボロ。自他共に認める妹思いの彼は、戦を前にして身を鍛えている。

 【ヤマユラの村】等を襲った國の名が解った。【クッチャ・ケチャ國】と云う【トゥスクル國】の隣國であったのだ。今は使いを出して、真偽の確認中である。其の使いもそろそろ戻って来る頃だ。戦相手になる、ならないを除いても、身を鍛えるのは有意義である。なぜなら戦は必ず起こるから。襲った國が違くても、襲った奴らは居るのだ。憂いは断つべきである。

 オボロは舞を終え、二振りの刀を仕舞った。汗が垂れる。散切り頭。鋭い眼。締まった口許。狐耳。茶色のシャツ。



 そんな彼を覗く視線が四対。策を張って、罠に掛ける。どの様に戯れるかを考えるのは、口数少ないアルルゥである。まるで、それは琥珀の様。日日移り行く日常の中で、対象を罠に掛け、安全な位置から見下ろす行為。否。アルルゥにはそんな事はできない。幼い少女であるアルルゥの悪戯は、他愛もない小さな小さな戯れだ。

 壁一枚隔てた此の位置に、アルクェイドとアルルゥ、カミュとユズハが居る。ムックルに腰掛け乍ら、此から何をしようか、と思考する。幾数の脚本の中から選んでいる最中だ。

 オボロには、隠れている事を知られているかもしれない。武人である彼には、気配、と云うモノが感じられるのだろう。戦場で生き残る為に身に付けた技能の一つ。
 しかし。
 闘気も殺気も微塵もない少女らを、知覚できはしないのか。ユズハが此処に居るのに反応しないのは、きっと気付けていないのだろう。

「如何するの?」

 カミュが小首を傾げて云った。其の言葉に、アルルゥは懐を(まさぐった。

「これ」

 アルルゥの懐から出てきたのは―――一つの小さな薬瓶。

「如何したの?其れ」

「面白い物だって」

「貰ったの?」

「黒い人に貰った」

 アルルゥが頷いた。

「何て云う人?」

「帚少女―――」

 云い終わる前にアルクェイドが慌ててアルルゥの口を塞いでいた。

「アルルゥ、其れは云ってはいけない言葉。禁忌よ。」

 何時になく鋭く厳しいアルクェイドの眼と言葉に、アルルゥはこくこく、と頷いた。



 帚少女。其の後に続く言葉をアルクェイドは一つしか知らない。其の名は―――。
 ―――マジカルアンバー。

 琥珀が何かの手違い―――実験の失敗―――で『此の世界』に来る事は良い。有り得ない事だけど、其れならば良いのだ。
 だが。
 帚少女マジカルアンバーが『此の世界』に顕現(けんげん)してはならない。『夢の世界』に(あらわ)れるのならば良い。しかし、『此の世界』に顕れるのならば、世界を弄び、人人を(からかい、(うつつと幻が区別出来なくなってしまう。そして、何よりも志貴が危なくなってしまう。危険なのだ。彼女は―――。

 アルクェイドがそう思っていると、既視感(デジャビュに捕らわれた。まるで誰かの掌で踊っている人形(マリオネット。琥珀に嵌られた事はあるアルクェイドだが、アンバーに嵌られた事はない筈だ。現実が―――。
 薄れてゆく。



 肩を、叩かれた。思考の海から陸に上がると、ユズハが心配そうな貌をしていた。

「大丈夫ですか?」

「ええ、ちょっと疲れているみたい」

 眼が見えない代わりに、尋常ではなかったアルクェイドの雰囲気に、ユズハは何かを感じたのだろう。

 アルルゥの口を塞いでいた手は、何時の間にか外していた。

「アルちゃん。其れを如何するの?」

「こうする」

 カミュの期待に満ちた瞳に見つめられたアルルゥは、オボロが見える位置に立ち、振りかぶって、投げつけた。

 殺気を微塵も含まずに、緩い弧を描いて飛んで行った薬瓶。鍛錬場に居たオボロが気付けなかったのを責める事は出来ない。殺気がないだけではなく、此の薬瓶にも何かしらの細工が施されいたのだ。

 飛んでる最中に蓋が外れた薬瓶は、液体を零し乍ら空を走る。



 ガン。



 鈍い音が響いた気がした。

 打ち処が悪かったのか、オボロが倒れ、液体に包まれた。

 真逆(まさか倒れるとは思っていなかったカミュは慌ててオボロに駆け寄り―――。
 絶句した。

 床に伏すオボロ。立ち尽くすカミュ。其の二人を、冷たい風が撫でる。荒野で生き倒れたオボロを見て、カミュは自分が何をするべきか見失ってしまった。

 遭難者を見つけたアルクェイドとアルルゥ、ムックルに乗ったユズハは、とことこ、と其の下へ行った。

 其処にあった光景は―――。信じられないものだった。アルクェイドは我が眼を疑い、如何やってこうなったかを調べようとしたが。

 パラパラ、と液体が舞った。振り撒いているのはアルルゥ。手に持つ物は二つの薬瓶。

「それは?」

 アルクェイドが尋いた。

「元に戻す」

 実験が終わった、と云う事だろうか。アルルゥが試したかった薬品の結果は此で良かったのだろうか。
 アルクェイドには解らない。
 解りたくもない。
 アンバー。

「にい様は、如何なったのですか?」

 可愛らしく小首を傾げたユズハに、カミュが云う。

「世の中には、知らない方が良いことがあるんだよ」

 其の謎を呼ぶ言葉に、ユズハの頭の中のにい様は、それはもう、言葉に出来ない状態になっていた。























 其の後は、カミュが皆を場所を移して遊ぼうと云い、木漏れ日零れる森の中で、健やかに、見ていて微笑ましく遊んでいた。

 カミュは、まるでオボロの事を忘れる様に遊び。
 アルルゥは、自分がオボロにした事等気にした風もなく。
 アルクェイドは、オボロ等初めから気にしていなく、元気に遊ぶ。
 ユズハは、そんな楽しげ少女らと共に居る。

 戯れは森の中。少女たちが舞っている。楽しげに、明るく、太陽の様な微笑みを浮かべ乍ら。
 森の中で舞っている。























 其の頃。

 志貴は城内を歩いていた。確乎(しっかりと組まれた壁。磨かれている綺麗な床。茶色に覆われた空間に浮かぶのは黒白の羽織袴。歩く度に床と靴でこつこつ、と(あしおとが鳴る。

 廊下を進んで、目的の場所へ着いた。書籍室。通称『皇の檻』。別にハクオロを護るために檻の様な造りで、兵が控えている訳じゃない。皇であるハクオロの仕事場で、其の(こなさなければならない仕事の量が半端なく、外に出られない程忙殺されている訳だ。

 志貴が這入ると、筆を持って台に向かっているハクオロが居た。その後ろには、侍大将であるベナウィが、紙を前に別の仕事をしている。さらっとした黒髪。理知的な光がある黒瞳。すっと伸びた鼻。唇を一文字にしている。端正な貌立ち。

「おや。志貴様ですか」

 ベナウィが(かおを上げ、志貴へ向いた。

「如何したのですか?」

「【ヤマユラの村】を襲った國が確定するのは、まだかなと」

 志貴の応えに、雑事をしていたハクオロが貌を向けた。

「其の件は未だに使者が帰って来ないので、何とも云えませんが、最悪、【クッチャ・ケッチャ國】との戦となるでしょう」

 ベナウィが紙を前に、手を動かしたまま云った。

「何かあるのか?」

 ハクオロが片眉を上げた。

「否。別に。人間との殺し合いは余りしたことがないから、迷っている、と云うのかな、この感じは」



 人間殺し、を志貴は余りした事がなかった。『元の世界』では『バケモノ』や『社会的に殺しても良い奴』を殺ったが、人と云うのは割合少なかったのだ。別に殺しを嫌悪するつもりはない。対象がバケモノでも、人間でも。なぜなら、志貴が『殺人貴』であると云う事は、志貴自身が一番解っているからだ。
 しかし。
 『此の世界』での人間は(すべてが『魔』寄りの存在である。志貴の『殺人衝動』と『退魔衝動』が混ざり合い、『遠野志貴』として殺しに徹する事が出来るか、統合した人格の『反転衝動』を押さえきれるか、が判らない。アルクェイドさえ『魔』として、『敵』として捉えてしまうあの状況に陥った時に、味方を殺さないと断言出来ないのだ。



「最悪。俺は―――狂いますよ」

 『遠野志貴』として凍った貌。能面でハクオロを見た。

 自分が怪訝(おかしいのは、自分が一番解っている。

「―――ッ」

 ハクオロの息を飲む音が聞こえた気がした。

 当然だろう。『遠野志貴』が狂うと云ったのだ。雑兵とはいえ500の兵をたった二人で制圧した片割れだ。そんな奴が戦場で狂う。発狂するのか。有り得ないのではないか。戦場と云う死に近過ぎる場所に耐えられないのだろうか。否。有り得ない。

「如何云う、風にだね」

 ハクオロは其れでも落ち着いた声色で問いを発せた。

 ベナウィはハクオロに此の会話の場を任せきったのか。眼を閉じて、会話の内容を自分の中で整理している。

「有象無象の区別無く。『殺人貴』の名の下に『死』が訪れる」

 室内の闇が深まる。陽が傾いて来たのだろうか。ハクオロが考えた狂い方と全く違っていた。
 死に怯えて狂うのではなく、死の体現者に成ると云う。



 遠野志貴は冷酷だ。
 遠野志貴は優柔だ。
 遠野志貴は残酷だ。
 遠野志貴は緩衝だ。
 遠野志貴は冷厳だ。
 遠野志貴は寛大だ。
 遠野志貴は酷薄だ。
 遠野志貴は悠然だ。

 二面性。
 『志貴』と『志貴』。
 『遠野』と『七夜』。
 『作られた人格』と『殺された筈の人格』。
 其れらは過去に統合され、一つの人格が形成された。
 『遠野志貴』『七夜志貴』『殺人貴』。
 殺しとは、自己との戯れ。



「―――俺が『バケモノ』と呼ばれる所以(ゆえんです」

 ハクオロの手元に灯された火がチリチリと音を鳴らす。

「―――そうか。で―――」

 何が云いたい、とハクオロは問うた。

 ハクオロも志貴の危険性は察知していたのだろう。割と落ち着いて聞けた。

「戦の駒の特性を伝えて置こうと」

「解った。其れを思考に入れての隊列を組む」

 駒の把握は指揮者にとって大切なものである。政のみならず、戦も指揮するハクオロにとって、一騎当千の人物の特性を把握するのは大切な事であった。

 志貴に兵を任す事は無理だろう。前に聞いたアルクェイドにいたっても任せられない。独立遊撃部隊と云う事になる。



 其の時。ドタドタと跫が書籍室へ向かって来た。

 這入って来たのは背格好が大きな男。無骨な貌だが、何処か愛嬌のある造りだ。左貌に額から頬までの刀痕がある。騎兵衆副長クロウである。

「総大将。今使者が帰って来ました」

 クロウの汗が垂れる。此処まで急いで来たのだ。

「敵國は【クッチャ・ケッチャ國】でした」

「そうか」

 ハクオロは眼を閉じた。

「戻った使者は一人。そいつも今亡くなりました」

 ハクオロを凍の空間が包む。硬質とした。燃え上がる怒りではなく、冷たい、冷た過ぎる怒り。
 故郷の村を襲った奴らが隣国に居る。否。其の國が敵だ。其の皇が。

「ベナウィ。兵を集めろ」

「既に整っています」

「―――(いくさ)だ」

「御意に」

 平和を崩す。戦が始まる。否。襲われたのだから、既に平和ではなかった。平穏を求め、戦が始まる。























 志貴は、月を見ていた。真円を描く、冷たい月。辺りは閑寂(しんと静まり、月明かりのみが降り注いでいる。

 皇城の最も見晴らしが良い処―――見張り台の一つ―――に居て、山と森と皇城と城町が見える。

 いつもならばアルクェイドと共に居るのだが、今宵、アルクェイドは、アルルゥとカミュとユズハと寝ている。寝る前に雑談等を楽しんでいるのだろう。アルクェイドは素直に仲が善い友達と云う者が居なかったので、志貴は嬉しかった。

 今日、ハクオロへ告げた。『遠野志貴』が、『殺人貴』が狂う事。偽りではない。真実(ほんとうの事だ。
 だが。
 あの場で本当に云うべきだったかは解らない。間違いだったかもしれないし、伝えなかったら後悔したかもしれない。

「月は、綺麗ですか」

 声が聞こえた。振り返ると、一人の女性が其処に居る。

 長黒髪を一つの三つ編みに纏めている。丸い黒瞳。口許は弛み、微笑みを携えている。赤色の和服を着崩し、容姿に艶がある。しかし、首に架せられた無骨な鉄首輪が浮いていた。彼女の名はカルラ。

 戦をするのを義務付けられた剣奴だ。戦闘種『ギリヤギナ族』であり、其の力は並の死徒と同等。此の女性もハクオロの室の候補である。

「綺麗ですよ。特に、澄み渡る空の下で見上げる月は」

 志貴の答えを聞くと、カルラが隣に腰を下ろした。

「何を悩んでいますの?」

 二人とも月を見上げたまま会話が続く。夜風が(そよぐ。

「カルラさんにとって戦って何ですか?」

 志貴は問いに問いで返した。音が止み、月明かりが二人を差す。優しい、光。

「―――闘うのは、私の悦び。闘うのは、私の義務」

 カルラは流暢な声で云った。迷いは無い。闘いに悦びを見出している事に不快感はない。闘う意味も知っている。



 それが、私だから―――。



「貴方は?」

 志貴はカルラの声を聞き乍ら、月に魅入られた。美しい真円の月。輝く陰光。

「殺す事で、生を感じる。戦は、其の場所に過ぎない。壊れた人間なんです」

 月明かりが雲に隠れた。より暗くなり、星星の灯りのみ。

「貴女は、すごいですね」

 志貴は言葉を紡ぐ。『言葉のナイフ』ではない、言葉を。

「戦いに悦びを見出しても、決して悦びの為に闘いをしない人」

 かさかさ、と木木が囁く。

 カルラは眼を丸く見開いた。此の青年は、何を云うのか。

「闘いの為に闘いをしない人」

 風が二人を包む。志貴は今、本心で云っている。自分が成れなかった、憧れの形の一つを体現している女性を前にして。

「闘う事を義務にする人」

 月を隠していた雲が晴れて来る。

「少しでも、皆を闘わせない為に闘う人」

 月光が再び降り注いだ。優しい光が満遍なく大地を包む。

「優しい人、だね」

 柔らかく志貴は微笑んだ。夜風が、心地善い。

 カルラは頬が赤く染まった。嬉しいと云うよりも気恥ずかしい。こんな言葉を躊躇(ためらいなく云える志貴を珍しい人だと思った。

 ハクオロに(ついで、善い人なのだろうと感じる。ハクオロが居なければ心動いたかもしれないが、今のカルラには、ハクオロが居なければと云う仮定は考えられない。だから、志貴は善い人。其れで終わり。

「恥ずかしい人なんですね。貴方は」

「そうですか?」

「ええ、そうです。私は早めに寝る事にします。おやすみなさい」

 云うや直ぐに、カルラは見張り台を降りていった。

 残ったのは月明かりに佇む志貴のみ。



 ―――誤魔化せたか。



 志貴は溜息を(いた。何を悩んでいるかなんて云える筈がない。



 ―――戯れだよ



 今宵も、月は綺麗だった。







第三章 戯れ 終幕









あとがき


其の一

 好き勝手にやってしまった気がします。ほのぼのを書こうとしたら、若干、可笑しな物に仕上がりました。これで良いのかなぁ。あはは(汗)

 帚少女マジカルアンバー。其の正体は明らかだけど、(すべてが謎に包まれている。ある意味最強なのかな(笑)
 アルクェイドに口を塞がれたので、アルルゥが本当にアンバーから薬を貰ったかは解りませんよ。(ちな)みに、オボロが如何なったかは謎です(爆)

 そして、ユズハ好きの方ごめんなさい。妄想少女にしてしまいました。あっ。石投げないで(汗)
 しかし、眼が見えなくて、病弱ならば、妄想の一つや二つはしませんか?



其の二

 『殺人貴』としての志貴と『絶倫超人』としての志貴が詰まった会話中心のお話でした。

 設定もいくつか出しましたね。志貴の人格は『志貴』と『志貴』が統合されたモノである事など。揺れる振れる志貴のお話です。

 其れにしても志貴は見境無いですね。女を口説き過ぎです。それも、その場を遣り過ごす為にさらっと言える文句。ナンデスカ、コイツハ。

 カルラを登場させたら、彼女がからかう前に志貴が先制攻撃を放ってました。
 彼女の復讐(?)はあるのでしょうか?気になります(笑)

 それでは


[第二章] [書庫] [第四章]



アクセス解析 SEO/SEO対策