冬空の下

第一章 安らぐ地








 暗い夢い土の上。
 闇い眩い森の中。
 昏い黒い空の下。

 一人の青年が佇んでいる。
 風は(ぎ、山の気に包まれている。木木は連なり視界を覆い、闇の中に居るのは一人。

 山は、生きている。
 木や草や苔が生き、獣や虫が生きる。死して(なお生は生まれ、木は木を生み、草は草を生み、苔は苔を生む。獣が死して虫が湧き、虫を喰らって獣が生きる。植物は動物を苗床にし、動物は植物を食して生きる。

 山は生きている。

 (うし三刻を過ぎた世界は草木も眠り、生の吐息が漏れている。あらゆる生に包まれて、人は自と外の境界を薄れさせてしまう。(すべてが生きる此の世界に(おの)が溶けて伸びて行く。

 此の世であって此の世でない。其処は彼方側と此方側の、夢幻(ゆめ現実(うつつの、幽世(かくりよ現世(うつしよのあわいである。

 音がない。
 閑寂(しんとした世界に一人居る。

 カサリ、と音がした。佇んでいた青年は何もなくて凡てがある此の山を歩きだした。



 カサリ、カサリ。



 土を踏み、草を払う。(あしおとだけが音を為す。山の中に居るのは一人、蒼い羽織に袖を通し、黒い袴に足を通した一人の青年。

 墨で塗った如き闇に距離感が生まれる。近くの闇。遠くの闇。それら幾つもの闇が、今、層を成して同じ時間の中に在る。

 夜気が増す、山の気に加えて青年を浸食する。頬を撫でる夜のモノ、躰を覆う山のモノ。自が夜に溶けて行き、自が山に溶けて行く。

 蒼い羽織が揺らめいた。闇を割って進んで行く青年は山の気と夜の気に(なぶられる。歩いている此の身は外へ外へ進むのか。奥へ奥へ進むのか。それすら曖昧になって来る。

 羽織の揺らめきが収まった。が、足は止まっていない。
 魂は山に溶けて行き、闇に溶けて行く。
 境界が薄らいで、



 青年は山に成り、
 山は青年に成る。

 青年は闇に成り、
 闇は青年に成る。



 青年は境界に消え去った。























 ふらりと寄った【冬木の町】。『姫君』を求めて諸国を歩み、世界を渡り歩いた青年は久しぶりに母国に帰って来た。
 しかし。
 【三咲町】には寄れなかった。未だに青年は終わりの地であり始まりの地である【三咲の地】を踏む勇気がなかったのである。

 故に。
 ふらりと寄った【冬木の町】。半年ばかりの付き合いをしていたな、と青年はふと思った。

 境界を越えた我が身を返り見て、士郎が如何行った道を進んだのか見定める事が出来なかったのを少し悔やんだ。だから寄った。もしかしたら既に居ないかもしれないし、未だに此の地で暮らしているのかもしれない。仄かな期待を胸にしまい、青年は此の地を訪れた。























 青年は時代錯誤な格好で道を歩む。蒼い羽織。白い単衣。黒い袴。編み上げブーツ。黒縁眼鏡。

 明治初期の白黒写真から抜け出したかの様な格好である。周囲から奇異の眼で見られるものだが、此の青年には何故か似合っている。観た者は自然に思えてしまい首を傾げた。視線を集める奇特な格好である。

 見せ物の様に視線に晒され(ながら【衛宮邸】に辿り着いた。

 いつか見たまま此処に残っていた。否。残っていて当然(あたりまえか。青年が終わり、始まったのは五年前だ。其れ程昔の事ではない。

 人の気配がなかった。出掛けているのか、既に屋敷には居ないのか。否。表札には【衛宮】と記されていたから居るだろう。なら、留守か。

 青年は玄関の曇り硝子の引き戸に背を預け、緩緩(ゆるゆると腰を下ろして空を見上げた。

 青年は蒼い空と白い雲を見上げ乍ら此の地の気配を探ってみた。



 気配とは、霊感だとか、第六感で感じるものでは決してない。

 其れは五感で、普通に感じ取れるものなのだ。ただ、見えたとか聞こえたとか、そうした判り易いものではないのである。総合的と云う言葉が当て嵌るのだろうか。

 気配と云うのは、眼や耳や鼻や肌や、そうした外界に接する色色な部分が感じ取ったモノを、押し並べて、合わせ比べて――頭で考える訳ではないのだけれど、総合的に判断されるものなのである。
 だから瞭然(はっきりと聞こえる訳でも見える訳でもないのに――。
 何となく感じる。

 そういうモノなのだ。だけど、青年は自と外の境界を薄くし、溶け込ました。血が為せる業か、経験が為せる業かは判らないが、青年は自が尋ね人たちを座り乍らにして探し始めた。



「むっ?」

 割と近くに見つかった。否。と云うよりも眼の前か。

 青年は空を見上げていた視軸を前に戻した。
 眼前に居るのは高校の制服に身を包んだ少女。陰光で煌煌(きらきら輝く一つに束ねた銀色の髪。陽の光を集めて反射する丸い紅色の宝石の様な双眼。四角い小さな眼鏡。すっと伸びた高い鼻。仄かな桜色の形良い口唇。スカートから伸びた白い足が艶やかだ。肌理が細かく陶磁器の様な肌膚。
 最後に見た時から随分と成長したイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが正面にいる。

 イリヤは誰彼か判らずポカンとした表情になった。次に小首をコテンと傾げ、唇に指を添えて思案貌。パンと軽く両手を合わせると、眼を細めて口許を綻ばし、柔らかな微笑みを浮かべ言葉を紡いだ。

「あ、シキ!!」

制服イリヤ絵 双葉

眼鏡無しへ

 鈴を転がした様な声である。

「ん。久しぶり」

 志貴は片手を(ゆるりと上げて云った。























 志貴は居間に通され茶を馳走になっている。イリヤの話に拠ると、士郎と桜、ライダーは今の時間帯は【商店街】で、凛はロンドンに居り、大河は仕事中だと云う。

 イリヤは士郎と凛、桜と大河の勧めにより日本の学校に通うことになり【穂群原学園】に通っている。始めは反対していたが、渋渋了承し、今では割と楽しんでいるそうだ。

「其れにしても綺麗になったね。途中までしか様子を見る事が出来なかったけど今も問題ないみたいだ。善かったよ」

「そうね。躰は魂に引き摺られるとは云え、素体の性能は凄く善いわ。トウコの技術はアインツベルンのホムルンクス製造技術とは比べものにならない。まさか脳髄まで再現されるなんて思ってもいなかったし、命印が消えた上に第三魔法を此処まで効率的に運用出来る者を知らなかった。魔術回路等は魂に属するモノだから問題ないしね」

 イリヤは紅茶を一口飲んだ。

 『聖杯戦争』後のイリヤと士郎の躰は使い物にならなくなっていた。付け焼き刃の心臓と神経が焼き切れていた躰。まともに動く事はまずありえない状態だったのだ。

 新たな素体が必要になったのである。士郎の魂は細工がされており、どの素体でも一応は納まるものだったが、良質な素体の方が安定するのには善い。イリヤが施した魔術――第三魔法――だと判った為に、イリヤが気付いた時に状況を説明し自にも施して貰った。――エーテライトは人権侵害だと思うが。

 後は橙子に良質な素体の作成を依頼するのだが、彼の人形師がタダで動く訳がない。故に志貴は皆に伏せて、魂の転送後の士郎の肉体を自由にして良いと持ち掛けた。眉を顰めた橙子だったが、士郎の左腕が英霊のモノだと知ると眼の色を変え、心善く返事をした。実は躰に属していると思われる『全き遠き理想郷(アヴァロン)』に気付いたかは解らない。
 否。彼女ならば気付いただろう。

「其れにしても久しぶりだな。此処までゆったりするのは。海外を停まる事なく駆け回っていたからね」

 志貴は緑茶をズズゥーと飲んで眼を細めた。

「そう? シキは何処に行ってたの」

 イリヤはそんな志貴の仕草を見て老成してるなぁ、と思ったが、口には出さず、クッキーを手に取った。

「西欧を一通り回って資料を探したり、東アジアの遺跡を荒らしたりかな。アインナッシュの樹海にも行ったね」

「其処までしても見つからないんだ」

 うん、と志貴は云い、頷いた。

 志貴に再び『殺された』アルクェイドは【千年城】へ養生の為に戻って居る。月に最も近いと云われ、土地も『真祖』に適しているので癒すのに【千年城】程善い処はない。
 志貴は【三咲町】で凡てが終わり、アルクェイドの為に吸血衝動を押さえる手段を世界を渡り回り探しているのだ。

 【冬木】に居る者たちは、志貴の状況は『協会』に居る凛から知らせて貰っていた。

「ふ〜ん。まあゆっくりして往きなさい。シロウたちも喜ぶと思うし、私もシキが遊びに来てくれて嬉しいわ」

 イリヤは柔和な微笑みを浮かべた。

「ん。ありがと」

 志貴はイリヤの笑顔を見て、士郎が進んだ道は自分とは違い善いものになったんだな、と思った。

 彼の人形師が造った素体は何事も問題なく機能し、士郎は大切な人たちを悲しませる事なく過ごしている様だ。
 クッキーをパキッと食べているイリヤの姿は現状に何も心配がない素振りで、幸せに見える。

 志貴は緑茶を飲み終えるとゴロンと横になった。

「イリヤちゃん。ちょっと疲れたから眠るね」

 判ったー、と云うイリヤの返事を耳にして、志貴の意識は沈んで行く。

 休む間もなく駆け回った志貴は【衛宮の家】で久方ぶりの安らぎを得た。まだ何も達成できていない志貴だが、漸くは世話になろう、と思い乍ら意識を手放した。























 畳の蒼い薫りがする。柔らかで豊かな草木の匂いは山を思い出させる。藺草が陽光に照らされて、山のモノを呼び覚ます。蒼い匂いは森の音。差し込む光と相まって、心地善い場を創り出す。

「―キ――きな―」

 微かに空気が震えているのが解る。夢と現を彷徨い歩く志貴の脳髄に呼び掛ける。
 しかし。
 起きる気配はない。眠りが深い志貴を起こす事は簡単な事ではあらぬ。根気良く続けねば何時までも寝続ける(ていたらくなのである。志貴は肌触りの善い絹の感触に未だに微睡(まどろんでいる。畳の薫りと絹の感触――志貴は寝ている間に客間の一つに移されたらしい。腹の辺りに感じる重みは何だろうか。

「―だよ―起――」

 呼び掛けを脳髄が理解し始め、最後に翡翠に起こして貰ってから随分経つな、と思い乍ら志貴は瞼を寛緩(ゆっくり開けた。

 視界に映ったのは手刀を振り上げている満面の微笑みのイリヤ。制服姿でポニーテールが元気善く跳ねた。銀色の髪が綺麗だな、と志貴は幽幻に逃避してみる。



 ベシ!!



「――アイタ!」

 志貴は眼を開けた途端、目覚めの一撃として額に衝撃を受けた。ピヨリ一歩手前で眩眩(くらくらする。再び枕に沈みそうになる意識を繋ぎ止め、額を押さえ(ながら頭を上げる。

 睨んだのだが、あーやっと起きたー、とイリヤは志貴に(またがったまま(のたまった。

 志貴は溜息を吐いた。起こして貰うのは有り難い事なのだが、手刀を打ち込まれるとは思わなかった。橙子謹製の素体は外見にそぐわず、破壊的な威力を有しているので洒落にならない衝撃だ。

 構図的には、横になっている志貴に馬乗りになっているイリヤの姿は危険である。それはもう色色な事が。

 志貴は何時の間にか外されていた眼鏡を探す。が、枕下になく何処にもない。

「あれ」

 額に冷や汗を流して眼鏡が何処にあるかイリヤに訊こうと貌を上げた。

「おはよう」

 そしたら、イリヤが挨拶と共に眼鏡を掛けてくれた。イリヤが預かっていたらしい。

 無邪気な笑顔は(とても似合っているのだが、男の生理現象を無視したイリヤの位置に内心の動揺を隠し乍ら志貴は平然と振る舞う。

「おはよう。起こしてくれてありがと。(ついでに退いて貰えると有り難い」

「ん。判った」

 ぴょっこん、とイリヤは立ち上がって、入って来た時に半開きにした障子を開けきった。

 さっ、と光が差し込んだ。光に違和感があるが、陽の光に照らされたイリヤの髪が雫の様に流れて(きらりとする。

「あれ?」

 違和感は光に赤みがない事。迚も澄んだ蒼い輝きに満ちている。

「もしかして、朝?」

 志貴の問いに、イリヤは後ろ手にしてくるりと振り返った。制服のスカートがふわりと舞う。

「そうだよ。シキが昨日寝てから一向に目覚める気配がなかったからシロウに運んで貰ったの。シロウとサクラは居間に居るよ。朝食の準備が出来たから呼びに来たんだ。ライダーは自室に居て、タイガは――呼ばなくても来るけどね」

 眼を細めてイリヤは云った。

 其処まで自分は疲れていたのか、と志貴は思った。

 一心不乱に。否。無心にアルクェイドと供に居られる手段を探した。虚無の空には想いが薄く覆っている。走り。歩き。斬り。読み。探し。殺し。世界を渡り巡っている。唯一つの想いを抱いて巡っている。
 今回日本を訪れたのも二年前に訪ねた吸血衝動の要である『血』を専門に扱う『方士』――『陰陽師』より古来東洋に存在する魔導を扱う者――から知らせがあったからなのだ。
 しかし。
 【衛宮】に来て、機械の如く動き回った此の身の錆が眠りを深くしたのだろう。昨日までそんな事はなかった。睡眠は脳髄を休める為だけの行為であり、躰が不調を訴えること等なかったのだ。
 其れ程までに。
 【衛宮の家】は安らげると云う事である。止まりを知らぬ此の躰を、少しでも癒せる数少ない場所なのだ。

「そっか。じゃあ朝食の席で挨拶をしないとね。着替えてから行くからイリヤちゃんは先に行ってて」

 志貴は立ち上がり、部屋の隅に置いてある革張りのトランクを視界に入れた。和装の衣と幾数の短刀等が入った鞄である。

 早く来てねー、とイリヤは応えた。髪を踊らせ乍ら襖を抜けて行く。



 士郎たちに久しぶりに会って、挨拶をせずに寝姿を晒してしまったのは恥ずかしかったかな、と志貴は思い、頭を掻いた。数年越しに訪ねて来た客人が眠り込んでいたら、自であったら呆れてしまうだろうからだ。

 トランクを開け、黒装の単衣を取り出した。羽織袴の替えはあるが、着流しでも問題はないので黒和服を纏って帯をすっと締める。

 志貴は朝日に眼を細め乍ら、襖を抜けた。庭木の枝のずっと奥にある青空は、澄み渡っていて迚も綺麗である。

 志貴は緩やかな足取りで居間へ向かった。























 鼻腔を(くすぐる腹に訴えてくる匂いが歩を進めるにつれ、濃くなって来る。

 居間に着いて志貴は広がる光景に息を飲んだ。懐かしい、懐かしい光景だ。
 現在(いまの光景を見て、過去に【衛宮邸】で見た同じ雰囲気の光景が記憶の本棚から、パラリ、と開かれ、連動して隣の本も開かれる。

 全く違う現在(いまと過去の光景が重なる。

 士郎は戸棚を開け醤油を取り出して――翡翠がすらりと横に立ち、
 桜はキッチンに立ってフライパン等の調理器具を洗い洗い終わって――琥珀が料理の説明をし、
  イリヤは作られた料理を運んでいる――秋葉が優雅に朝食を前にして目の前に座っている。

 すぅ、と志貴の胸に温かなものが差し込んで行くと同時に冷たい穴が穿かれた。

 穏やかな日常。
 失くした日常。

 緩やかな光景。
 迚も遠い光景。

 思い出す過去。
 還らない過去。

 志貴は眼を細めた。
 士郎は変わらないけど変わったのかな、と思った。何が如何変わらぬのか何が如何変わったのか志貴には解らないが、幸福(しあわせそうである。
 過去に空いた胸の空洞を意識させられてしまったが、見ていて微笑ましい光景だ。

 士郎たちは変わらぬ日常を謳歌(おうかしている。変わらぬと云っても毎日違うことが起こって、楽しい事や辛い事を受け止めて暮らしている日常。そう、幸せな日常だ。志貴とは違う。

「シキも運ぶの手伝って!」

 お盆に皿を乗せて運んでいるイリヤに声を掛けられ、志貴は自失から立ち直った。

 志貴は白昼夢を見ていた気がする。記憶の本は風に吹かれてパラパラとページが捲られ、パタリと閉じられた。懐かしい思い出に包まれ、思考が浮ついて白い海にユラユラと漂っていた。

 あ、ああ。と志貴は返事をして頷いた。

 イリヤは、志貴が心持ち此処に居ない様な気になった。首をコテンと傾げ、居間の入り口に居る志貴を見上げた。

「如何したの?」

「ん。如何もしないよ。ただ、久しぶりに美味しいものが食べれるな、と思っただけだよ」

 志貴は口許を綻ばして子供の様で無邪気な微笑みを――(かたち造った。
 其れは嘘。相手を心配させない為の優しい嘘であり、自の心を騙す為の嘘。

 イリヤは志貴の視線を受け止めて若干間が空き、そう、と呟き、何時の間にか顰めていた眉を弛めて柔和な微笑みを浮かべた。

「今日は私も手伝ったから期待してね」

 うぃ、と志貴は応え、イリヤの脇を抜けて残りの料理の皿を士郎たちの下へ取りに行った。

 イリヤは志貴を(かえりみて、視軸を戻すと、ふぅ、と溜息を漏らした。銀糸のテールが揺れる。



 遠野志貴は変わった。表情は飄飄としているのは変わらないが、以前からあった黒い泥の様なモノを更に多く纏っていた。黒い泥――其れは何だかイリヤには解らない。泥か。否。余りにも澄んでるが故にイリヤには泥に見えたのだ。其のモノに対する恐怖と拒絶。

 遠野志貴の危うさの本質をイリヤは感覚で捉えていた。あれは、自へ対する殺意。愛する者を再び手に掛けてしまった裂帛(れっぱく)の殺意。周囲に撒かれていたのは其の内包しきれていなかった溢れモノ。

 イリヤは純粋な為に白紙、天使であり小悪魔、詳細を知ろうとしない故に相手の感情の揺れが解ったのである。士郎の時もそうだった。悩んで悲しんで迷っていた士郎の感情の揺れを感じられて、温かく包み込んだ。大好きな士郎を、憎い切嗣の息子を、兄を、弟を。

 アルクェイドとシエル、アキハが戯れ(殺し合いをしていても、何処か安堵をし乍ら志貴は見ていた。壊れない日常を。幸せな毎日を。

 だが。
 其れを崩したのは紛れもなく己の業に抗えきれなかった志貴自身。
 だから許せない。
 遠野志貴は遠野志貴を許せない。



 イリヤは再び溜息を吐いて皿を並べていった。少女に解る事は志貴が何か張り詰めていると云う事のみ。























 志貴とイリヤが会話していたのを片付けをしていた時に視界の端に入れた士郎と桜は、志貴が二人が居るキッチンへ向かって来て丁度片付けも一区切り終わったので其れ其れのエプロンをエプロン掛けに仕舞い、志貴を迎えた。

「お早う、志貴。やっと起きたんだ。久しぶり」

「お早う御座います、志貴さん。御久しぶりです。」

 士郎は穏やかな微笑みを浮かべ、桜は腰を曲げて挨拶をした。

 士郎の体格は肩幅が広くなり、鍛えられている様だ。髪は赤の生地に白色のメッシュが入っている。白髪化は過度な魔術行使等で起こる現象なので、士郎は魔術使いとして何かを行っている証だろう。『此彼方側』に居るのならば、怪訝(おかしくない事だ。
 桜は長かった髪をばっさりと肩まで切って、前より行動的な印象を受けた。浮かべる表情は柔らかであり、幸福(しあわせなのだろう。

「お早う。昨日はありがと、客間にも運んで貰って。思っていたより疲れていたみたいだ」

 志貴は鼻の頭を掻き乍ら云った。

「否。良いよ。志貴が来るなら何時でも歓迎するから」

「そう云って貰えると有り難い。突然の来訪で迷惑を掛けたかと思ったからさ」

「ええ、迷惑ですよ。昨日帰ってきてからもう一度商店街に行く事になったり、夕食を奮発したのに眼を覚ましませんでしたから。けど」

 来て貰えるのは嬉しいです。と桜は笑顔のまま云いきった。

 志貴と士郎は桜の毒舌に冷や汗をたらりと流し、誰の影響を受けたのだろうかと思ったが、某あかいあくまと某ナイムネの笑みが思い描かれ、内心苦笑を浮かべた。

「何時まで滞在していくんだ?」

 士郎は盆に料理を乗せ乍ら訊いた。

「東北の方に行く用事があるけど、しばらく厄介になるよ」

「了解。まあゆっくりしていきなよ」

「立ち話もなんですから食事を始めませんか」

 桜が運ぶ予定の残りの料理に眼を遣った後に云った。

「そうだね、じゃあライダーを呼んで来てくれるか」

 はい、と桜は応え居間を出ていった。

「じゃあ志貴は此れを運んで」

 士郎は料理を乗せた盆を志貴に手渡し、自は残り全部の料理が乗った盆を持った。

 志貴はくるりと回り料理を運ぶ。

 士郎は志貴に続いて居間に行く。何気なく志貴の後ろ姿を観た。黒い和装に包まれた遠野志貴。すっと視軸を外し、外を観た。

 居間の窓の奥に人外三人の戯れ(殺し合いを幻視する。怒声爆音破壊音の幻聴さえ聞こえた。



――この、アーパー吸血鬼ぃぃいい!!
――何よ!カレーエクソシスト!!
――今日という今日は許しません!!



 観る事のない過去の情景を、
 志貴が守れなかった日常を。



 志貴と士郎、桜とライダー、イリヤと大河は思い出話やら学校での出来事やら散歩の最中に見つけた事等を終始穏やかな雰囲気で朝食を食べ乍ら話していた。
 昔の事、今の事。様様な事を話した。緩やかに朝の団欒(だんらんは過ぎて行く。







第一章 安らぐ地 終幕









あとがき


其の一

 前後幕の『救いは月の彼方』から迂曲あって、『御伽物語』シリーズ長編『冬空の下』開幕です。六年程の時間を経過したお話になっています。

 『死せるもの』の時間軸より前の出来事になります。二つのお話はリンクしてるんです。伏線ばっか施していますが、回収するのは『死せるもの』か『冬空の下』かどちらかは決めていません。否。『冬空の下』かな。う〜む。判りません。

 イリヤを成長させてしまいましたが良いですよね。あまり変わってないのでロリは残っているかと(爆)
 士郎×桜なので志貴×イリヤ風なのを考えたり、だけど志貴はアルクェイド一筋というハチャメチャな設定(笑)良いのかこれで。ライダーは如何なるのでしょうかね。色々面白そうです。

 しかし、志貴×イリヤで本当に良いのか判断できていないんです。なので、感想とともに賛成反対を記し、送ってもらえるとありがたいです。
 実は私は然程乗り気じゃないんです。作品内のキャラはその作品のキャラにあてがうのがよいと思っているので、悩みどころです。
 でもイリヤが好きなのでそんなのも善いかなと。意見をお願いします。賛否の多数決によって決まります。期間は第三章が掲載されるまでです。



其の二

 イリヤに起こして貰うのと翡翠に起こして貰うのではどっちが善いだろう。……二人一緒が一番善いな(笑) 志貴がイリヤに馬乗りにされて取り乱さないのはやっぱり過去の経験からかね。アルクェイドがやっていそう。あ、でも琥珀さんも遣りそうです。朝から一発蛍光色の注射をプスッと(笑)
 危険を本能が気付いて起きるんだけど注射によって再びベットへ。その後に翡翠に起こされる。 そんな毎朝でも良いかも(爆)

 風景描写はほのぼのなのに心情描写はシリアスですね。志貴が大変そうです。まあ『此方側』で名を馳せる『殺人貴』ですから様様な出来事があった訳です。【衛宮】にて志貴が癒される過程を描きたいです。

 それでは


[書庫] [第二章]



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